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ネチャーエフ文書
  <資料>  ネチャーエフ文書

ネチャーエフ(1847一1882)は農民の生まれだが、彼は革命家の一つの原型である。彼は農奴解放にたいする農民の不満がかならず爆発すると信じ、そのときにそなえて陰謀の組織つくりに全力を傾けた。カラコーゾフ事件後の白色テロル時代におこったネチャーエフ事件とその公開裁判は、政府の思惑どおり、革命的青年の声望をおとしめ、ドストエフスキーは『悪霊』でネチャーエフを病的な人間として描いた。『革命家のカテキズム』は、青年の反発を買い、モラルをもとめる傾向をうみだしたが、この文書は、70年代以降の問題を提起したのである。なお『革命家のカテキズム』はパクーニンとの共著といわれ、最後の部分はバクーニソの直接の影響が大きいとみられる。『ロシアの学生諸君に』(*これは略す)は、同志殺害後、二度目の国外脱出に成功したネチャーエフが発したもの。このアピールを執筆するころの彼は、バクーニンとわかれ、より広汎な宣伝活動に注目するようになっている。
 

  <革命家のカテキズム>
 C・ネチヤーエフ
 ***************

 自己自身にたいする革命家の態度

1. 革命家は死を宣告された人間である。彼は、個人的関心、事情、感情、愛着物、財産、さらに名前すらももたない。彼のうちにあるすべては、ただ一つの関心、一つの思想、ひとつの情熱、つまり革命によってしめられている。
2. 自己の存在の深いところで、ことばの上だけでなく行動において、彼は、市民的秩序や教養ある人々の世界全体と、そして、この世界のすべての法律や礼儀や一般的に認められている慣例や道徳といったものと、まったく関係を断ってしまっている。彼はこの世界にたいする容赦のない敵であり、彼がこの世界のなかで生活しつづけるとすれば、それは、この世界をより確実に破壊せんがためにほかならない。
3. 革命家はあらゆる空論を軽蔑する。彼は世間的な学問を放棄し、それを未来の世代にゆだねたのである。彼はただ一つの科学、破壊の科学を願っているだけであり、このことのために、このことのためにのみ、彼は現在、力学、物理学、化学あるいは医学を学んでいるのである。このことのために、彼は昼夜をわかつことなく、現在の社会機構のもとでの人々、性質、状況およびすべての条件について、可能なかぎりあらゆる社会層にわたって生きた学問を研究しているのである。目的はただ一つ、このよごれた機構のもっともすみやかな破壊である。
4. 彼は世論を軽蔑する。彼は現在の社会道徳につながるすべての動機や現象を軽蔑し憎悪する。彼にとって、革命の勝利をたすけるものすべてが道徳的なのであり、それを妨げるものすべてが不道徳的であり犯罪的なのである。
5. 革命家は死を宣告された人間である。彼は一般に、国家にたいしても、特権をもった教養ある人々の世界にたいしても憐みはもたず、彼自身にたいする憐みも期待しない。この両者のあいだには、公然、非公然を問わず、生死をかけて連続的な非和解的なたたかいがおこなわれている。つねに彼は死ぬ用意がなければならず、拷問に耐えうるよう自己を鍛練していなければならない。
6. 彼は自己にきびしくあるとともに、他の人々にもきびしくしなければならない。家族、友情、愛情、感謝、さらには名誉といった柔弱で女々しい感情はすべて、彼のうちでは、革命の事業をめざす唯一の冷徹な感情によって抑制されねばならない。彼にとっては、ただ一つの安らぎ、慰め、報酬、満足が、つまり革命の成功があるだけである。昼夜をわかたず彼は一つの思想、一つの目標を、つまり仮借なき破壊をいだいていなければならない。冷静にたゆむことなくこの目標の達成につとめながら、彼は、みずからが非業の死をとげる用意があるだけでなく、目標の達成を妨げるすべての者をみずからの手で殺す用意がなければならない。
7. 真の革命家には、いかなるロマンチシズム、感傷、熱狂、誘惑も無縁である。個人的憎悪や遺恨すらも無縁のものである。日常的熱情となるべき革命的熱情は、怜悧な計算をともなうものでなければならない。彼は、つねにいかなるところでも、彼の個人的性向がさししめす者ではなく、革命の一般的利益の要求する者にならねばならない。

  革命の同志たちにたいする革命家の態度

8. 革命家にとって友であり愛すべき人でありうるのは、彼自身とおなじように、現実に革命家としての活動をおこなった人だけである。このような同志にたいする友情や信頼やその他の責務の程度は、すべてを破談する実際の革命事業における有用さの程度によってのみ決められるのである。
9. 革命家たちの団結についてはいうまでもない。そこに、革命の事業のすべての力があるのだから。革命にたいする同程度の理解と情熱をもった革命家の同志たちは、できるだけ、すべての大きな問題はともに研究し、一致して解決にあたらねばならない。このようにして決定された計画を実行するにあたっては、各人はなるべくみずからにたよるようにせねばならない。多くの破壊活動の実行の際には、各人は単独で事をおこない、事の成功のためには欠かせないというときにだけ、同志の忠告と援助にたよるべきである。
10. 各同志は、モの手許に幾人かの二級、三級の革命家、つまりすべてを革命にささげたわけではない人々を置いていなければならない。彼はこの人々を、革命の資本全体のうちから、彼の裁量にゆだねられた部分とみなさればならない。彼は自己保有分の資本を経済的に消費し、つねにそれから最大の利益をひきだすよう努力せねばならない。彼は、自己を革命の事業が達成されるために費やされる運命にある資本だとみなしているのである。ただ、彼は、自己を、すべてをささげた同志全員の同意なしに単独で処理することはできないのである。
11. 同志が困難におちいった場合、彼を救うか否かの問題を革命家は、個人的感情からではなく、救出することが革命の事業に有益であるか否かによって決定しなければならない。それゆえ、一方ではその同志の事業にたいする有用性を、他方では救出にともなう革命勢力の損失をはかりにかけねばならない。そして、より重要なほうが決定されることになる。

    社会にたいする革命家の態度

12. ことばでではなくおこないによって自己をしめした新構成員の組織への採用は全員一致で決せられねばならない。
13. 革命家は、国家的な特権階級の、いわゆる文化的な世界にはいりこみ、そこで、そのもっとも完全ですみやかな解体をのみ念じて生きてゆくのである。彼がもし、この世界のなにかを惜しむならば彼は革命家ではない。もしそんなことがあれば、彼は、この世界の状況、関係あるいはこの世界のある種の人間を抹殺するのをちゅうちょするようになるだろう。彼はありとあらゆるものを等しく憎悪すべきなのである。もし、彼がこの世界に家族、友人、愛人などの関係をもっているなら、なおさら悪いことになる。その人々が彼の手をさえぎるようなことがあるなら、彼は革命家ではない。
14. 容赦のない破壊をめざして、革命家は社会のなかで、彼自身とはまったくべつの人物を装って生活することができるし、またたびたびそうせねばならない。革命家はこの社会のいたるところに、最下層階級や中流階級のなかに、商店のなかに、教会のなかに、地主屋敷のなかに、官僚や軍人たちの世界に、文筆界に、また第三部や冬宮のなかにさえはいりこまねばならない。
15.この悪の社会全体はいくつかのカテゴリーにわけられねばならない。第一のカテゴリーは即刻処刑さるべき人々からなっている。この処刑さるべき人々のリストは、組織によって、番号のはやい者から順番に片付けられるように、革命の事業の成功にとってより有害な人物の順につくりあげられるであろう!
16. このようなリストを作成する際、上で述べた序列は、決して、その人物の個人的悪業とか、さらには、その人物によって組織や人民のなかにひきおこされた憎悪などによって確定されてぱならない。この悪業とか憎悪とかは、ある場合には利用価値があり、人民の反乱をひきおこすのをたすけることができるのである。序列の確定は、その人物の死が革命の事業にもたらしうる利益の程度にしたがってなされるべきである。それゆえ、まず第一に排除すべき人物は、革命組織にとりとくに有害であり、彼らの突然の暴力的な死が政府に最大の恐怖をあたえ、政府の聡明でエ不ルギツシュな活動家をのぞくことにより、その力をゆすぶることのできる人物である。
17. 第二のカテゴリーは、ほんの一時生かしておき、その人々の一連の残酷な行為によって人民を不可避的な反乱にいたらしめるようにさせるべき人々からなっていなければならない。
18. 第三のカテゴリーは、高い位についた畜生ども、つまり、とくに知性においてもエ不ルギーにおいてもひいでてもおらず、地位によって、富、縁故関係、影響力、勢力をもっている人物の多くをふくんでいる。これらの人々は、考えられるかぎりのやり方で搾取する必要がある。彼らをまきぞえにし、狼狽させ、なるべく彼らの暗い秘密をつかんでゆすり、彼らを自分達の奴隷にすることが必要なのである。彼らの権力、影響力、縁故関係、富、勢力は、こうして、いろいろの革命的な企図にとって無尽蔵の宝、強力なたすけとなるのである。
19. 第四のカテゴリーは、野心的な国家官僚やいろいろなニュアンスのりベラルからなる。革命家は彼らとともに、彼らの計画にそって防諜を企て、彼らに盲目的にしたがうふうをしながら、一方では、彼らをきびしく拘束し、彼らのすべての秘密をつかみ、彼らがあとへひくことができぬように彼らの評判を傷つけ、そして彼らの手で国家を混乱させることができるであろう。
20. 第五のカテゴリーは、いつも仲間うちや紙上では空疎なことばを並べたてながら実際には行動しない空論家、陰謀家、革命家からたっている。彼らはぜひとも、実際的な困難な活動におしやったり、ひっぱってゆくことが必要であり、その結果、彼らの多くは跡形もなく絶滅してゆくだろうし、わずかだが真に革命的な人々もうみだされるであろう。
21. 第六の重要なカテゴリーは女性であり、これは三つの主要な部類にわけられねばならない。第一は、おろかで、中味のない、魂のぬけたような人々であって、第三、第四のカテゴリーの男性と同様に利用することができる人々である。第二は、熱心で、献身的で有能ではあるが、われわれの味方ではない人々である。というのは、彼女らはまだ、真にものに動じない実際的な革命的理解には到達していないからである。彼女らは第五のカテゴリーの男性と同様に利用されるべきである。最後は、まったくわれわれの側の、つまり、まったく献身的で、われわれの綱領を完全にうけ入れた女性である。われわれは彼女らを、そのたすけなくしてたたかうことのできない、われわれのもっとも大切な宝だとみなさねばならない。

     人民にたいする組織の態度

22. われわれの組織は、人民の、つまり肉体労働者のもっとも完全な自由と幸福以外の目標をもたない。だが、この自由とこの幸福の達成は、一切を破壊する人民革命によってのみ可能であると確信しているがゆえに、われわれの組織は、すべての力と手段でもって、結局は人民に勘忍袋の緒をきって総蜂起にたたせるであろうような不幸、災厄を分離し昂進させるよう努力するであろう。
23.われわれの組織は人民革命を、西欧流の古典的な型に規定された運動、つまり、つねに財産とか、いわゆる文明とか道徳とかいう社会秩序の伝統のまえでたちどまり、現在までいたるところで、いわゆる革命国家をつくりだそうとしながらも、一つの政治形態を打倒し他のそれにおきかえることにとどまってきた運動であるとは考えない。人民を救いうる唯一の革命は、あらゆる国家組織を根こそぎにし、ロシアにおけるすべての国家的伝統、制度および諸階級をなくすような革命である。
24. われわれの組織は、それゆえ、いかかる社会組織をも人民に上からおしつけるつもりはない。本来の社会組織は、うたがいなく、人民の運動と生活それ自体からつくりあげられるだろう。だがこれは、未来の世代の仕事である。われわれの仕事は、すべてをまきこみ、いたるところで容赦することなくおこなわれるべきおそろしい破談なのである。
25. それゆえ、われわれは人民に接近し、なによりもまず、モスクワ国家権力がつくりあげられて以後、国家に直接間接に結びついたすべてのもの、つまり、貴族、官僚、坊主、ギルド世界、そしてクラーク(富農)、高利貸しにたいして、ことばだけでなくおこないにおいて反抗することをやめたことのない、人民のなかの活動的な分子と結びつかねばならないのである。それだけでなく、われわれは、ロシアにおける唯一の真の革命家であるあらっぽい強盗たちの世界と合体するであろう。
26. この世界を一つの、無敵の、一切を破壊してしまうような勢力に統合すること。これが、われの組織、陰謀、任務のすべてなのである。
   (一色義和訳)

 

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