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大杉虐殺と甘粕正彦
  *参考までに、『賢者のネジ』(リスト参照)から一部を引用しておく。

 大杉栄虐殺事件と甘粕憲兵中尉(当時)についての部分。
 

 藤原 ・・大震災があった大正末期の日本で、大杉栄も甘粕正彦も刑務所に入っているが、甘粕の場合は本当に殺人者かどうか疑問であり、二人が共にいわれなき罪で服役したとしたら、日本が法治国家だという幻想は空中分解です。

小串 しかし、大杉栄が後藤新平から金を受け取ったことが、スパイだという論法に従うならば、政治家は圧力団体や政商から献金を受けるので、一種のスパイ役をしていることになるから、金の勣きには細心の注意が必要ですな。

 <大杉栄の虐殺を巡る甘粕大尉の謎と大杉のフランス探訪旅行>

藤原 懐柔目的に金を貰えばスパイと同類であり、復古主義を主張している御用文化人たぢは、権力に小遣いを貰って動いている点て、現代版のソフトなスパイに相当しています。藤田嗣治画伯だって陸軍に金を貰ったので、スパイだったと言う人もいるわけだし、名目はベルリンの「国際アナキスト大会」への出席だが、大杉栄がパリに行ったのは後藤新平に、調査を頼まれたとも言われています。どこまでがスパイ行為かは厳密に区別できないが、大杉は後藤新平の指示を受けて渡仏し、かつて甘相がたどった足跡を探るために、フランスで行動したと言われています。

小串 でも、それは変です。甘粕大尉は大杉栄たちを殺した罪で服役し、関東大震災の四年ほど後に奥さんと一緒に、初めてフランスに渡ったのであれば、甘粕大尉の足跡を探るための旅行というのは、どう見たって辻棲が合わないと思います。

藤原 それは通説に従った甘粕の捉え方であり、彼の公式記録は一九一五年から十八年にかけて、三年間にわたって記録の欠落があるから、一九一七年頃に最初の渡仏をした可能性があります。それを追及したのが落合莞爾であり、彼の「陸軍特務・吉薗周蔵の手記」によると、甘粕は一九一七年頃に最初の渡仏をして、フリーメーソン(大東会)に入会しています。だから、通説や角田房子の『甘柏大尉』(中公文庫)が言うような、出獄後九ケ月経った一九二七年二月に、初めて渡仏したという記述は疑問符つきであり、その辺のきちんとした検証が決め手でしょう。

小串 もしそれが事実であると証明されれば、大きな歴史の謎が解明されることになり、大正時代の日本史が書き換えられますね。
 
 ・・以下略
 

*小串正三(おぐし・まさみ) 
 1914年生まれ、東京外語大~大手商社勤務~引退
 *「三井物産パリ総支配人」との紹介もある。

 

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