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<記憶に残る文章>
*秋の深まりを実感する今日このごろの仙台。朝夕の冷え込みも日増しに強まり、冬眠願望(ぐうたらもの・たれか・だら・かばねやみ・・等々の方言のほうがピッタリとの声もあるが)の私としては、少量の食料と暖かそうな寝具、そして積読状態の解放を待っている書物の山に囲まれた至福のひと時を夢見る季節でもあります。
 
 日々雑読・濫読に耽っている私のような者にも、心に強烈なショックをあたえてくれる文章との「巡り会い」が、あります。
 夕刻からの冷え込みのなかで、浮かんでくるものを、いくらか書き留めてみましょう。

 ★鈴木秀夫 『超越者と風土』 大明堂 1976刊

「あとがき」より
「砂漠的、森林的ということばの使い方が明確でなく、時には反対とすらみえる使い方があったかも知れない。自然科学的に見て、砂漠と半砂漠とは著しく異なるし、森林のなかでも多種林と純林、また密林と疎林では人間にとって意味は異なるということがあり、それをほとんど砂漠と森林ということばだけで表現したというところにひとつの原因がある。また、一民族のなかにも一個人のなかにも森林的な要素と砂漠的な要素があるわけで、仏教を例にとれば、レンマに注目すれば森林的であり、如来に注目すれば一神教的、したがって砂漠的という表現を使うこともあり得る。
 したがって、一見反対にみえる言葉の使い方も、筆者としては矛盾はないつもりである。筆者の意識しない論理のあやまりがあったかも知れないが、***私は、言葉というものは感覚的なもので、かならずしも文章の論理によらず、そこにちりばめられている文字の配列によって、思想が伝達されるものと考えており、文章中の論理の矛盾、言葉の不適切な使用などがもしあったとしても、あまり気にかけていない。
 言葉は、できるだけ平易な言葉を使い、専門用語を使用することを極力さけ、、、、(中略)、、、

 そして、何よりも、平易な言葉で語ろうとしたのは、もそわれわれが超越者についてそもそも何かを語ることができるとすれば、人間の日常的な言葉で語れるはずであり、専門的な術語を要するはずがないと、私が考えているからである。(、、、中略、、、)

 各専門の書物をみつつ、その個々の出来事にも関心をひかれることがしばしばあったが、陶淵明の『甚だしくは解することを求めず』という言葉をいつも思い浮かべた。超越者について相対者が語る時、この言葉は常に必要ではないかと思った。(後略)」

 <言葉というものは、感覚的なものである>
 <文章にちりばめられている文字の配列によって思想は伝えられる>
 
 以上がわたしの記憶から去らない文章のひとつです。松岡正剛氏は『空海の夢』のなかで、鈴木教授の研究室に出向いたときのことを記している。「、、(鈴木教授は)その明快な推理に自信を持って『念』を押してくれたものだ」と。

 確かに、不思議なしかし説得力のある文章で、論理的ではない文章がズンズンこころに響いてくる。なぜだろうか?
 思うに、通常・普段の会話のなかでわたしたちは<論理>(文法と言ったほうがいいか)を念頭において会話してはいない。(--その最悪の例のひとつが麻生太郎という七光り組の国会答弁で、暇なときにでも聞いてみるといい。緊張感のない、他者の口真似と常套句の羅列が続き、論理的でも説得的でもない。鈴木氏の文章(そして会話でも)と対極にある「お笑い」の発言が楽しめるだろう。そのつけは勿論我々に返ってくるので「お笑い」ごとではないのだが。--)
 しかし、鮮明な記憶として残るのはよく体験するところです。 
 続いて「はじめに」より引用する。この一文は<簡が最善>という見本のような文章だ。また、読むものに思考を緩やかに(妙な言い方だが)強いてくるこれも不思議な名文だと思う。
 「、、、相対者である人間に与えられた超越者に関する知識が異なっているということは、人間の住む風土に違いがあるためである。歴史的発展段階によって、その知識が進化したという事実はたしかにあるが、歴史の展開は、常に風土の変化を伴っており、風土の変化のまったくないところにそもそも人間の歴史的発展がありうるかどうかということは、想像をすることも不可能であるから、風土をもっとも基本的な要件としてあげることが許されるであろう。、、、」 


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