カウンター 読書日記 2007年03月
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*陸軍の裏側を見た吉薗周蔵の手記
  3・18に以下のように記した。

  ・・・*以前から捜していた、落合莞爾氏の『天才画家「佐伯祐三」真贋事件の真実』。
 
  先日、偶然に横浜の古書店のHPで見つけて、早速注文。
 一昨日無事に、落手した。

 好機到来。

 しばらく途切れていた落合氏の『ニューリ-ダー』誌での連載=「日本近代史の真相 」ー陸軍の裏側を見た吉薗周蔵の手記」も再開した。

 ここ当分の間、のめり込むことにする。・・・
 

  <メモ>として、『ニューリーダー』誌の落合論文の要点を、2007年1月号から順次記して

 いくことにする。

 例によって不定期になるだろうが、それもご愛嬌。

 **********************

 直近は、「自殺」?した野沢尚氏の気になる遺作群を、読んでもいる。

 『烈火の月』・『魔笛』・『深紅』の順に始めた。

 文庫版『烈火の月』の巻末で野沢由紀子氏も記していることを、念頭におきながら、<偏った読み>をしている。・・・

 「・・人はどんなに辛い人生でも頑張って自分の人生を生きないといけないと思います。いつもそう言っていた野沢自身の行動(自死)はいまだに信じられません。」 


 野沢作品を読みながら、思いを馳せる。

 渡辺智津夫=麻原彰晃は、「廃人」のまま消えていくのだろうか? 



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続・軍務局長斬殺
   ・・相沢中佐が部屋に入ってきて永田局長の席に向かおうとしている時、新見大佐は永田局長に向かい合って(出入り口に背を向けて)椅子に座っていた。永田はもちろん、廊下側の出入り口から向かって一番奥の局長の机の席に座っていた。

 相沢は 静かに出入り口のドアを開けて、新見の右脇を通って永田の方に向かうが何故か新見はそのことに気がつかない。

 疑問を抱き続けていた、昭和48年7月に著者岩田の勤務地・山口県で水俣病によく似た症状の患者が発見された。

 52歳の男性、徳山湾の漁民で、自分でもよく魚を食べるというこの患者の症状を検査していく過程に取材で同席しながら、「視野狭窄」という症状に気づく。

 その漁民は看護婦(ママ)がすぐ脇を通ってもまるで気がつかないという話を聞いた著者は新見夫人に、新見大佐が眼科に通院したことの有無を尋ねて確認を取り、すぐ長田眼科医院に向かった。

 著者岩田は新見についてのすべてを長田医師にぶつけた。
 
 「いかがでしょう。新見さんは視野狭窄だったと私は思うのですが」

 「いやァ、よくそこに気づかれましたなァ・・そんなら言わないわけにいきませんな。・・確かにあの方は視野狭窄でした。・・軍隊に入る前からかかっておられたようです。・・軍隊の視力検査は近視・遠視や色盲くらいしか診ない。・・視野狭窄はよそ目にはわからない。本人が言わなければ他人は気づかない。・・・
 あなたの言われる<遅すぎた目撃>は確かにそのとおりです。実は私もあの事件に興味を持って、新見さんに聞いてみたことがあったのです。・・あの日は快晴だった。局長室の窓は永田さんの後ろにあった。永田さんに向かい合って報告書類を見ながら座っていた新見さんの位置からは朝の直射日光が射し込み、新見さんから見れば逆光線になる。視野狭窄の人は逆光線にも非常に弱いのです。
 もし、新見さんが視野狭窄でなかったら、ただちに相沢を阻止していたはずです。
 そうしておれば、永田少将は殺されずにすんだかもしれない。・・
 
 そうして、もし相沢事件が未遂に終っていれば、<二・二六事件>の時期や形も変わっていたと思いますね。」・・・(この項完)


   <メモ>

 「・・この栄町の長田眼科医院の診療室の奥の個室には、医学書の類はほとんどなく、文学書や画集などが山積みされてある。

 壁には洋画家・佐伯祐三の油絵が掛かっている。・・」ということである。・・・長田医師、佐伯祐三の症状のことは知っていたのだろうか・・・。

 


   


*放浪の日々は続く
 *相変わらず、自分に「テーマ」を課しては別の「テーマ」に移行していく毎日。

 最近の読書からの<メモ>。 


  ○『軍務局長斬殺』 岩田礼(1921山口県生、毎日記者~定年後文筆活動。)
    1978.8.10刊 図書出版社
 

 依然として種々刊行が続く二・二六事件>関連本だが、これは30年前の著作。

 <二・二六事件>のトリガーともいうべき、通称「相沢事件」(相沢三郎中佐の永田鉄山軍務局長刺殺)についてのもの。

 事実関係もほぼ網羅的に記述されているが、主眼は事件のおきた<部屋>に居合わせた人々の行動への疑問とその追究である。

 事件当時、(永田)軍務局長室にいたのは、刺殺された永田局長と相沢中佐以外には、わずか二名(三名だったが途中で=事件以前に隣室の橋本軍事課長は退室、隣の課長室に戻っていたという)だった。

 一人は、兵務課長の山田長三郎大佐。
 いま一人がここでの主役、東京憲兵隊長・新見英夫大佐。

 永田鉄山・軍務局長は刺殺され、相沢中佐はその後死刑(銃殺)、山田大佐は事件後の軍内部および世間からの「腰抜け」・「逃亡」・「肝腎の与力(=山田のこと)の逃走」等々の非難・批判のなかで、自殺し果てた。

 事件後もただ一人生き続けた人物が憲兵大佐・新見英夫。

 著者は、彼を通じて事件の(現場の)「真実」を追究してゆく。

 何故、三人が一人の暴行を防ぐことが出来なかったのか。

 ところは、軍務局長室なのである。荒野で武器を持った暴漢に急襲されたのとはわけが違う。

 初動(阻止)の遅れの原因<秘密>は新見大佐の眼の欠陥(疾患)にあったという。(続)





『周恩来秘録』の書評
*『週刊読書人』第2681号(2007.3.30)に矢吹晋氏の『周恩来秘録』の書評が掲載された。
  「信頼性に富む伝記」として、的確な書評である。

 以下、引用。
 「・・・本書は毛・周最後の権力闘争に肉薄して、悲劇の核心をあますところなく描く。訳文は読み易いが、<傳高義>はエズラ・ボーゲルのことだ(344ページ)。注釈が上下刊逆に付されているのはまことに不便であり、理解に苦しむ本作りだ。」
 (*注ここで、344ページとは、下巻の344ページである。)


  以前、当ブログでも「抗議」したが、この手の<卑劣な>(とあえて言おう)「本作り」が常道とならないように願いたいものだ。 

 <傳高義=エズラ・ボーゲル>には、正直驚いた。

 <エズラ・ボーゲル>で検索しても、当然だろうが傳高義には行き着かず、<傳高義>で検索すると中文の記事が並ぶ。

 中で、それらしい記事があったので、試しに読んで(見て)みた。

 以下、引用
*「脫亞入歐」,日本明治維新時代高唱全面西化論,快速成為亞洲第一強國,卻也走西方列強之路,造成亞洲地區災難﹔二戰之後,日本從一片廢墟中復興,大約十多年前,美國有位知名學者傳高義著述「日本第一」一書,描述旭日東昇。

 次にヤフーの殆んど用を成さない翻訳機能もついでに試す。以下の通り。日本語の態をなしていないが。そこはご愛嬌で。

 「脱亜はヨーロッパに入る」、日本の明は維新時代の高らかに歌った全面的西洋化論を治めて、素早くなるアジアの第1の強国、卻は同様に西方列強の道を歩いて、アジア地区災難を引き起こす;2の戦争のちに、日本従一の片廃虚中は復興して、約10個の多年以前、アメリカ有位有名な学者は高義が「日本の第1」を著述してちょっと書くことを伝えて、朝日の東が昇ることを描写する。

 <美国有位知名学者傳高義>とあり、エズラ・ボーゲルのこと。
 「日本第一」というんだな、"JAPAN AS NUMBER 1"は・・・

 *この下巻344ページの文は、原著者・高文謙氏の「あとがき」を訳したものだが、訳者の「不明」は措くとしても、高文謙氏が一方で、マクファーカー教授と書きながら、他方<傳高義>と書いたのか、???である。
 

*追記
 「21世紀中国総研」に矢吹晋氏の興味深い記事が連載されているので、一読をお薦めします。福本勝清氏の連載と共に。

 http://www.21ccs.jp/soso/gyakujun/gyakujijunji_15.html
 ←または、左のリンクからどうぞ。
 
 

 

*日本の近・現代史
  *以前から捜していた、落合莞爾氏の『天才画家「佐伯祐三」真贋事件の真実』。
 

  先日、偶然に横浜の古書店のHPで見つけて、早速注文。

 一昨日無事に、落手した。

 好機到来。

 しばらく途切れていた落合氏の『ニューリ-ダー』誌での連載=「日本近代史の真相

 ー陸軍の裏側を見た吉薗周蔵の手記」も再開した。

 ここ当分の間、のめり込むことにする。

 以下のホームページ・ブログも参考にしながら。


 *【佐伯祐三:調査報告】  →ここからどうぞ 
  (落合氏本人のものです)
 
 *『天才画家「佐伯祐三」真贋事件の真実』の私的まとめ
    →ここからどうぞ 

 * 眼科院・院長 白矢勝一氏のブログ
    →ここからどうぞ    



 

周の卑屈さの因を探る。
  *『周恩来秘録』上・下を読み、周の毛に対する卑屈な、おどおどした対応に不可思議な思いを、今更ながら強めた人は多いのではないだろうか。わたしなどは、人間の情念にまで思いを馳せてしまう。これが、『東京日記』の周青年のその後の姿なのだろうか?と。・・・

 **********************

 政治的独裁者に対する<周恩来的な処世>を中国共産党の闘争史に求めて、考えて
 みる。・・・「一体どんな意味があるのか」 と。

 福本勝清著の<二冊>を拠り所にしながら。

 1)『中国革命を駆け抜けたアウトローたち』
  中公新書 1998.3.25刊
 2)『中国共産党外伝』ー〔歴史に涙する時〕
  蒼蒼社  1994.2.10刊
                   (続)


  <追記> 07.3.23

 3)として吉越弘泰氏の労作『威風と頽唐』を挙げておく。
  太田出版 2005.8.30刊  

 

*メモ・関連・『周恩来秘録』
*昨日は、中途半端な抗議めいたものになってしまったので、補足メモ。
 なお、昨日、問題にした<上巻の注>が<下巻>に記載されている摩訶不思議な二冊本体裁について、早速購入先の書店に問い合わせたところ、(私のような、将棋の駒以下的な、吹いても飛ばない砂粒のような人間が電話で問い合わせても通り一遍の回答しか望めないので、=「文春」の場合ですよ!=しばしば巨大書店<KK屋書店>さんの手を煩わせているが。)
 「文春」の回答は以下のとおりでした。(書店からのTELによる)
 

 *・・「<上巻を読むときは、下巻を脇に置いて注を読めるように>という配慮でこういう体裁にした」
 
 何をかいわんやの珍・迷回答であった。馬鹿馬鹿しいので、この件はここまで。


   *周恩来の一年あまりの東京「留学」(受験)時代については、『周恩来・<19歳の東京日記>1918.1.1~12.23』として、刊行されている。 矢吹晋編、鈴木博訳・小学館文庫・1991.10.1刊
 (原題は『旅日日記』と。)充実した内容・価格、お薦めの一冊です。
 *この文庫は今でも購入可能です。

 前述のように東京高等師範、一高を受験するが、不合格(主因は日本語の理解力不足という定説)、ショックを受ける周青年の姿。
 「日文の書き取りの成績がはなはだ悪く、・・・会話の成績がはなはだ劣り、・・・試験に失敗し、非常に耐え難い。・・・自暴自棄だ。・・日本にやって来たのに日本語をうまく話せず、・・・官立学校に合格できない、この恥は生涯拭い去ることができない!・・・」

 そのような、受験勉強の日々にも貴重な時間を割いての吉野作造等民主的人士の訪問。

 参考までに周恩来が苦戦した東京高等師範学校の国語の問題を、 (*問題は周が受験したときと同一ではないだろうが、レベルを知るために)一例として。

 ●試問(二時間)
 (一)高等師範学校ニ入学センコトヲ志望シタル所以ヲ述べヨ
 (二)自己ノ修養ニ関シテ平素心懸クル方法ヲ述べ且ツ愛読シタル書籍ニツイテ特ニ感ジタル所を記セ
 
 ●国語(四時間)解釈
 (二)下の歌を解釈せよ。
 ☆秋きぬと 目にはさやかに 見えねども 風の音にぞ 驚かれぬる
 
 ●英語 作文
 ☆write about one hundred words on what you did
  last summer. 


  「文春」の寝ぼけた筆法に習えば、
 「この文庫こそ脇に置いて読むべき本だろう。」
 文庫だから、荷物にもならないしね!

 ●倫理(三十分)
  <上巻の注>を<下巻>に持っていった理由を、百字以内で述べよ。

  はい、「文春」さん、その回答では不合格です! 

  何?解かっているって? ナーンダ、確信犯か。





*『周恩来秘録』上・下
 *<帯>にはこうある・・・

 「党中央文献室に保管された周恩来の極秘ファイル
  米国に亡命した党伝記作家が
  衝撃の執筆」 (上巻の帯)

 「<慈父>周恩来に
  嫉妬の炎を燃やす毛沢東
  死の床まで周が怖れた毛の
  報復文書とは」 (下巻の帯)

 こういう文句に弱いのは、世代的に「団塊」が中心になるのだろうか?つい、購入してしまう。

 『周恩来秘録』 高文謙 文春刊 2007.3.1 \1857 上・下

 詳細は、後述するが、一言で読後の感想を言えば、

 「政治」(とりわけ革命期のそれ)に関わりをもつべきでない人格が、否応なしに巻き込まれていった<悲劇>の物語。というとこだろう。周にとって、東京高等師範の入試に合格していれば、もうひとつの人生があったろうが、それを考えるにつけ、人生、運にもてあそばれるものだと思う。
 

*内容に移る前に、一言<文春>に疑問と抗議を。

 上・下になるのは量的に無理のないとこだが、
 
 *******
 上巻の原注を下巻に、下巻の原注を上巻にしたのは、どういう理由からなのか。
 読みづらいことこの上ない<暴挙>だ。
 
 二冊常に脇に置いていろということなのか?
 家で座って読む人ばかりじゃないのだ、持ち運びも二冊となると?
 上・下売らんが為の姑息な卑しいやり方なのか?
 
 とにかく、真意が皆目見当がつかない。

 *******
 最良の方法は、たかだか十数ページの注なのだから、「月報」の体裁で別紙にすることだろう。
 登場人物のプロフィールなども同じ形が望ましい。

 もう随分購入された人もいるだろうが、この種の<抗議>は文春には届いていないのだろうか。(続)
 
 

 

*最近の購読リスト・メモ
*購読リスト (2007.2月)

 1.『霊操』 イグナチオ・デ・ロヨラ 岩波文庫 1995.10月刊
  イエズス会のオリエンテーション・プログラム。
  「オーム」などの、それとの比較。特に<性>に関して。

 2.『ミカドの外交儀礼』 中山和芳 朝日選書 2007.1月刊
  ??最近の「朝日選書」には??。

 3.『ぼくの血となり肉となった500冊・・』 立花隆 文芸春秋 
                         2007.1刊
  最近はこの種の書評・案内本には食傷気味。

 4.『古代文明と気候変動』 B。フェイガン 河出書房新社 2005.6月刊 
  小事典替わりには。

 5.『宇宙をかき乱すべきか』 F・ダイソン ちくま学芸文庫 2006.1月刊
  科学者の良心の限界。
  天才、フォン・ノイマン、戦中のロス・アラモス(原爆開発計画の顧問)からオートマトンへ。
  「天才」と言う言葉が妥当だと思われる稀なケース。
  文庫版の下巻が◎。

 6.『わが闘争』 角川春樹 イーストプレス 2005.6月刊
  たまには、こんな購入ミスもある。
  3章<角川家の葛藤>には、憐憫の情も。
  佐川君の足元にも及ばない、春樹版「出生の秘密」。

 7.『アルハンブラ物語』 W・アーヴィング 岩波文庫 2005.4月刊
  またいつか、マリア・ロサ・メノカルの名著『寛容の文化』(名古屋大P、2005.8刊)を読み直すときにもありがたい、「物語」が詰まった好著。日本の外交官には到底無理なエセイだろうな。

 8.『友へ』 大道寺将司 ぱる出版 2001.5月刊
  故・松下竜一『狼煙を見よ』を再読しながら。
  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 9.『お父さんはやってない』 矢田部孝司・あつ子 太田出版 2006.12月刊
  この「幸運」なケースの陰で、何人の人が冤罪と「妥協」(=お金の支払い)していったのだろうか。

 10.『闘争の最小回路』 廣瀬純 人文書院 2006.11月刊
  「我々の闘争性」を日々奪おう(去勢しよう)とするマスコミに対抗して、一人ひとりの内に「闘争の回路」を築き上げよう。
 学ぶべきはラテン・アメリカで<今>行動に移されている様々な<試み>だ、と。

 11.『あやつられた龍馬』(略)

 12.『石の扉』 同上著者の旧著。(略)


 13.『持丸長者』 広瀬隆 ダイヤモンド社 2007.2月刊
  三部作の第一話というので、なおさら楽しみになる。
  『赤い楯』日本版にまで行き着けるだろうか?
  「第二話」は6月、「第三話」は11月という。 


 14.『グラバー家の最期』 多田茂治 葦書房 1991.12月刊
  長崎原爆から17日目、1945年8月26日早朝、日本名=倉場富三郎、英名=トーマス・アルバート・グラバーの自殺死体が発見された。
 安政六年(1859年)、父トーマス・ブレーク・グラバーが血気盛んな青年として、「ナガサキ」に上陸してから、86年目。
 「春秋」の論法でいけば、父の敷いた路線の必然の結果=日本の軍国化~敗戦が一人の混血男性の孤独な自死をもたらした・・・のか。
  
<以上>  

   



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