カウンター 読書日記 2006年12月
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*大晦日・2006
 * みなさん、良いお年を。今年の総括を見ながら・・楽しい年越しを! 


       ここ→<安倍一文字>

       「きっこの日記」より。

<追加> 「きっこの日記」12.23は必見。
  
  特に、バカ親慎太郎の面目丸潰れ!のRTさんのコメント。

  バカ息子(=バカ親の犠牲者だけじゃないズーズーシサも。)

  のイラスト?とチンパンジーの芸術との比較! 

  わたしの個人的な趣向からベストは「AI #901」に決定!


             皆さんのベストは? 

  民主主義国家・日本には投票という有効な手段がありますよね、

  慎太郎さん。

  ここは、ひとつ人気投票で決めるという案はいかがですか?

  無理ですか? 何、自信がない???  

 
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*『月に響く笛』書店に並ぶ!
 *前に記事にした、藤田東吾氏の本『月に響く笛』が予想以上に早く、全国の主要書店で扱われることとなった。

 これも、<ネット>の力のあずかるところ大というべき<事件>だろう。
 もしも、藤田氏が"imairucom"を開設して、ネットに訴えていなければ、せいぜい自費出版がオチだったに違いない。

 国土交通省内の書店でも販売されるので、省内の読者(特に憂国の若き官僚たち)の反応・売れ行きが本当に楽しみな一冊である。

 お正月に、「自分が何を知っているのか?」「知っているつもりの何事かは<真実>なのか?」を考えてみるのも意義のある年の初めかただろう。

 それにしても、文芸春秋社は、手痛い<ボディーブロウ>を喰らったもんだ。

 ジワジワと効いて来るんだよな、油断していると。

 田中健五の亡霊に恐れをなしてでもいるのか?


  *お膳立てはできた。あとは、我々が<真実>を究めるのみになった。

 文春のリタイアで出版が早まったことだけは、文春に感謝(嘲笑)

 しておこう。

 お蔭で正月にジックリ読むことができる。 


  *お値段も数百円ほどお安くなりました。

  皆さん、よいお年を。 


*『 政治診断学 』 を 読む。
*「今日は将棋面貴己(シヨウギメン・タカシ)氏の近刊・『政治診断学』(2006.11.10刊・講談社選書メチエ)に学んでみようと思う。」
と記したまま、例によっての「寄り道」癖、アチコチ散歩したので、改めて上著について。

*タイトルの取っ付きにくさにも拘わらず、取り上げる話題はどれも興味深いもので、一気に読み終えた。

 <第一章 政治危機の把握はなぜ難しいのか>

 ナチ・ドイツ期、次々に亡命の道を選択する科学者・芸術家の列が続くなかで、敗戦寸前までドイツにとどまった、「ベルリン・フィルハーモニーの芸術監督」・フルトヴェングラー。(といって、ナチに迎合した活動をおこなったわけではなく、むしろナチの政治的な介入には抵抗を続けたという。)
 では、「なぜ、フルトヴェングラーに対してナチは寛容だったのであろうか。それは、ナチスがフルトヴェングラーの世界的名声の政治的意味を知悉していたからである。・・・逆に言えば、フルトヴェングラーがドイツにとどまることは、ナチ・ドイツの文化的偉大さと道徳的正当性を対外的に宣伝するのに最も有効だったのである。」
 
 そして、ナチ・ドイツ「第三帝国」の敗北・崩壊で、ナチの指導者と共に戦犯の汚名を着せられるが、最終的には無罪となる。
 しかし、これで「一件落着」・・・とはならなかった。

 戦後フルトヴェングラーが演奏活動に復帰して、シカゴ交響楽団に決まったとき、亡命した有名音楽家たちは、フルトヴェングラーとの共演をボイコットする運動をおこしたのである。

 この運動(トスカニーニ、ルービンシュタインなど)彼に相当の精神的打撃を与えたようだ。
  
 彼は先輩の名指揮者ブルーノ・ワルター(;ドイツ生まれのユダヤ人)に心情を吐露した書簡を送り、ワルターとの書簡による「討論」がおこなわれた。
 
 フルトヴェングラーの主張はこうである。・・・
「自分は、第三帝国に踏みとどまり続けて、可能な限りの抵抗をし、ユダヤ人のために力を尽くした。そしてなによりも、<真正なドイツ文化>=バッハやベートーヴェン、ブラームスを生んだドイツ民族とその文化的伝統=をナチスという非ドイツ的な集団から防衛することに努めてきた。そんな私が断罪されるのは不当であり、奇異の念を禁じ得ない!」・・・
 
 これに対するワルターの見解・主張は・・・
「われわれの道が最も分かれますのは、あなたが<真のドイツ人>について述べられるときであります。・・中略・・<真のドイツ人>とは賞賛の意味で言われておりまして、そこから響いてくるのは、かの国家主義、かの愛国心であり、これを強調し高揚するするとこりに災いが生じる」のであり、このような国家主義の克服こそが求められているし、わたしは、<ドイツ人>であるより、まず<世界市民>であろうとした。・・・(*ただし、ワルター本人はボイコット運動には参加していない。)

 以上の例を挙げて、著者(将棋面)は強烈に言い放つ!

「・・・このようにフルトヴェングラーの戦後体験は、彼の主観的意図とは裏腹に、悲惨なものであった。つまるところ、自分は不正政治の跳梁跋扈を許した国民国家もろとも連帯責任を取らされるという屈辱を味わわされたのである。真正な<ドイツ人>は、ナチスとは違うのだ、というフルトヴェングラーの主張は、冷徹な政治判断の支配する現世では通用しない。まさしく、ワルターが喝破したように、人は『現にどうあるか』ではなく、『どう見えるか』によって判断されるのである。
 右(上記)の実例は歴史的教訓を豊に蔵している。フルトヴェングラーの体験は戦時下日本において、とりわけ主要な社会的地位にあった日本人にとって他人事ではなかったであろう。しかし、ことは過去の事柄にとどまらない。目を現代に転じれば、自分が現に生を営んでいる国の政治的運命に関して、自分は政治的立場を権力当局と共にしないと言い張るだけでは、その政治が現に運営されていることに対する公的責任を回避することはできない、という恐ろしい教訓をのこしているといえないだろうか。」(p19-20)
 
 
 一読、理路整然とした文章で、説得力もある。しかし、よく読みこむとすさまじい戦後日本批判・現代日本批判の宣言であることがわかる。一体、ただいまの「日本人」のうち何人の人がこの批判に耐えられ、応答できるのであろうか?
 
 「人は『現にどうあるか』ではなく、『どう見えるか』によって判断される」のである。ーーーのであれば、退路は塞がれてしまっているようにも見える。道はどこに開かれているのだろうか?

 「戦時下日本において、とりわけ主要な社会的地位にあった日本人にとって他人事ではなかったであろう」ーーーことは、「天佑」ともいうべき「逆コース」によって、きわめて日本的な「なし崩し的結着」の遺産が今も漫然と続いているわけであるが、もしそうでなければ、「主要な社会的地位」にあった大代表者など、今頃「私の祖先は朝鮮半島からの渡来者だった」などという発言もありえなかったと解釈できる文脈である。

 では、「どう見えるか?」の「見る」主体は誰なのか?そして公平・適正な判断の基準は、一体あり得るのか?あるとすればそれは何なのか?

 著者の解答は前著『反「暴君」の思想史』(平凡社新書)に示された「公共善」(common-good)ということであろうが・・・


 以下
 第二章 政治理論の医学的モデル (1~4)

 第三章 政治診断学の構想 (1~4)

 第四章 政治体の治療学へ (1~5)

 終章  現代政治を診断する視覚   
     1.政治症侯学としての暴政理論
     2.政治診断学の懐胎
 
 と続くが、前記のブログで記したので略す。


 最後に、マックス・ヴェーバーを引きながら、著者は記す。

 「・・このように暴政の第一の症候は、一般市民社会における道徳的意識の劣化である。

 これと関連する第二点として、特に廿世紀の思想家たちが指摘することであるが、暴政の

もとにある市民はあらゆる意味で矮小化し、きわめて凡庸な存在に成り下がる傾向がある。

人間が本来可能性として持つ偉大さの芽がことごとく摘み取られてしまう、という。・・」
(p193~194)

 また、著者は「あとがき」で「・・医学を本業とされる」読者の誕生を願っているようだが、

わたしは、何よりまず有志の若者に強くお薦めしたい。 

  
     以上。




*「日記」らしく。2006・12・16
*昨日に引き続いて、サイト紹介になる。

 これほどの「情報氾濫社会」に暮らしながら、我々が如何に肝腎な情報から疎外されているのかを如実に示す「映像」・「著作」を先ず見ること・読むこと。

 途中までになっている「政治診断学への招待」の第一章 <政治危機の把握はなぜ難しいのか> のなかで著者はナチス政権の成立・持続の問題を取り上げている。

 引用始め 「・・・ヒトラー政権下のドイツでは、抵抗する市民を、ナチスが有無を言わさずねじ伏せたわけではなかった。・・大多数の市民は唯々諾々としてヒトラー政権に服従し、かなり多くの者は熱狂的に支持することさえしたのである。ナチスへの支持は(ハイデガーなど)知識人層にも広く見受けられたのである。
 ・・・(現前している政治社会は正常なのか、どうかの判断は想像以上に難しいことをナチスの事例は示しているのではないか)・・
 いうまでもなく、政治の異常性を矯正する主要手段として、我々は選挙という自浄システムをもっている。
 しかし、そうした「自浄」制度は、選挙民による政治的現状に対する判断が適切である限りにおいて、適正に機能する。換言すれば、多数の有権者が異常な政治を正常と取り違えるならば、そうした制度は、所期の意図とは正反対に、異常な政治の温床と化することになる。・・・
 その因の一つは、たとえば、政治に関する知識でわれわれが獲得しうるものは、たいてい、ジャーナリズムや各種メディアを通じて得られるものに過ぎず、権力者による政治の実態のほとんどは知る由もないということだ。・・
」 引用・終わり。

 先ず、「知ること」であろう。とくに、隠蔽されようとしている情報には監視の眼を光らせることだ。


<注目サイト!>
 http://www.imairu.com/ ここからイン!

内容:イーホームズ藤田東吾は、昨日(12/13)、年が明けた1月に予定している、「イーホームズの指定取消し」の行政処分を、憲法違反による無効訴訟を行うために、国交省建築指導課に事前相談に出向いた。ところが、国会正門にて、藤田の姿を見た守衛さんは急いで鉄門を閉ざしてしまいました。国交省は、営業時間中にも関わらず、一国民の藤田の侵入をバリケードを築いて阻止しました・・・
投稿者/撮影者 藤田東吾/某カメラマン  40分

内容:藤田東吾は、「嘘」をついた佐藤信秋(当時国土交通事務次官)は退官し平民となったので、 時の住宅局の最高責任者、山本繁太郎の責任を正す為に訪問した。ドアを叩いても逃げて隠れてしまって出てこない山本繁太郎。 それを見守る、職員達。途中、山本繁太郎は出てこようとするが誰かに押さえられて出てこられない様子・・・
投稿者/撮影者 藤田東吾/某カメラマン  41分

内容:この時の生放送映像は、「あっ!とおどろく放送局」ではその後放映されていないものです。藤田東吾氏が自由に発言をしている貴重な映像です。小嶋氏裁判の運営を毛利裁判長が間違えていることを指摘。現在の日本の司法は機能を失っているのか?朝日新聞の耐震偽装担当デスクの方の変死や事件に関連して亡くなられた方々への思いを熱く語っています。
投稿者/撮影者 藤田東吾/某カメラマン  54分
http://www.imairu.com/movie.html 

「月に響く笛 耐震偽装」藤田東吾著
 定価1890円(1800円+税90円)
 12/28発売(只今予約受付中)

http://www.imairu.com/books.html ここから!イン

<緊急追加>
 藤田氏からのメールが「藤原肇氏の宇宙巡礼掲示板」にアップされましたので、急ぎコピーさせてもらいます。
 
<開始>
 
JBBS最新投稿情報
---
スレッド:これだけ言われても怒らないのか
投稿番号:25
投稿者名:サムライ
Eメール:
---
投稿内容:
#24と関連して、藤田氏のメールです。文春に出版を持ち込んだが、結局出版を文
春から断られた経緯が書かれてあり、興味深いと思います。

*************************
親愛なる友人の皆様、経済同友会の皆様、マスメディアの皆様、国交省建築指導
課小川課長他、日本ERI鈴木社長、指定機関の皆様、東京都の皆様他

藤田です。お騒がせしておるかと思いますが、起業家として完全に復活しました
!eHomesを立ち上げた時以上のパワーを留置場で得てまいりましたので、eHomes
以上に日本をあっと驚かせて元気にさせるビジネスを展開します。ご期待くださ
い。

さて、僕が書いた本、「月に響く笛 耐震偽装」の販売受付を開始しました!
http://www.imairu.com/books.html

日本の既存の言論出版会は、政治力の前に屈していることを知りました。文藝春
秋は、「藤田東吾が死んでも、文春が責任を持って必ず出版する!@2100円
&初刷り3万部」と、ノンフィクションセクションの出版局長他が言明し、社内
の企画会議を通ったにも関わらず、11月になって、「アパグループのマンショ
ン偽装問題」の部分を削除しなければ出版できないということになりました。

この一年間を通して、テレビや新聞といったマスメディアも、報道という機能は
完全に失ったことを知ったので、これはものすごいビジネスチャンスだと認識し
ました!そして、言論と美を追求するメディア企業imairu.comをUSAと日本に同時
に設立しました。海外の友人を含む大勢の実力者が株主となって参加しています
。活動開始です!

そして、「耐震偽装事件」を引き起こし、拡大させ、国民を混乱に陥れた最大の
主犯:山本繁太郎を必ず弾劾して、引き摺り下ろして、この事件で亡くなった方
の墓前に土下座させます。耐震偽装事件を黙殺し、一主婦を自殺に追い込んだ小
泉純一郎や、杉浦正健、北側一雄も同罪です。未だに、この混乱を黙殺している
安倍晋三首相は、やはり山口県同郷ゆえに山本繁太郎を追い込めないのでしょう
か?もしそうなら、リーダーの器ではありません。
山本繁太郎は、耐震偽装事件を、国民の命の犠牲の上に、国の責任を隠蔽したご
褒美で、国土交通省審議官に昇進していました。びっくりしました。僕が、つい
先日、山本繁太郎を追い込むために、国土交通省に乗り込み、審議官室を叩いて
追い出そうとする僕を誰も止めることは出来ませんでした。彼らは、自分たちの
罪を認識しているのです。だから、僕に手が出せないのです。

是非、山本繁太郎が逃げて引き篭もった映像を見てください。これが現実です(11/25
のドアを叩いている映像)↓
http://www.imairu.com/movie.html

この機会に、日本の様々なゆがんだ政策やマスコミの姿勢を徹底的に僕は正しま
す。これは、一国民として行わなければならない、「主権在民を実現するための
不断の努力(憲法12条)」です。


どうか、皆様も、ご協力してください。この映像を、ご友人やご家族の方に紹介してください。日本に巣食う一部の勘違いした連中を気付かせて更生させましょう!

藤田東吾


*************************
 以上<終了>



*「日記」らしく。2006・12・15
「こんなはずでは・・・」「まだまだ・・」と皆が思いながら、気づいたときには、ナチスがアウシュビッツまで突き進むのを止めようがなかった。

 今日、<2006.4.15>の日付を、記憶に留めておきたい。
<詐欺的強行採決=暴政>が、松蔭の名を騙る安倍という男に主導されて、なされたことを!そして、何より「その男を我々が選択した」ことを。

 テレビ報道などには現れにくい、もうひとつの日本のあったことも以下の<Uチューブ>で見ることができる。(このサイトは、きくち・ゆみさんのブログ「きくちゆみのブログとポッドキャスト」 で知ったものです。)

教育基本法・参院委員会強行採決に抗議

 教育基本法改悪反対 11.10集会

教育基本法改悪反対・「多彩な意見広告」の会

*上記に関連して、今日は将棋面貴己(シヨウギメン・タカシ)氏の近刊・『政治診断学』(2006.11.10刊・
講談社選書メチエ)に学んでみようと思う。

 「・・・一般市民の立場から政治を<診断>する技術として政治理論を再構成するアプローチを構想し、青写真を描いてみた。・・・本書が医学を本業とされる読者を得て、その中から21世紀のマルシリウスやジョン・ロックが誕生してくれれば・・・」と願って書かれた本書。

各章とも興味深い記述・思考が続くが、今日という日には、とりわけ、終章 <現代政治を診断する視角>に 「気」が向う。(続) 

 


*闇に溶解して・・
*9月15日の最高裁の判決から早くも三ヶ月、「また何もかも闇に溶け去る」と記した事情は寸毫の変化もなく、今年も終ろうとしている。

 『「生きる」という権利』(安田好弘・講談社・05.8刊)を読むことから始めた「オウム事件」再考も、関連著作の読書量は増えていくものの一向に、一段の階梯も上がれずじまい。

 思い起こせば、私が「オウム」を<確実に認知した>のは、松本市でおきた河野さんの事件(94年6月27日)のときのテレビ報道が最初であった。何の因縁かその当時は一年の半分の期間は、オリンピック向けの工事その他で長野県内各地に、わたしは滞在していた。(それ以前の<私の「オウム」>といえば、阿蘇山の山麓で修業する新興宗教集団・ふざけた格好と歌で選挙運動をする=当選目的だとは到底おもえない=奇妙な集団以上のモノではなかった。)

 「松本サリン事件」の起こった、ちょうどその前後、市内には「731部隊展」開催の告知が貼られていたのも、鮮明に記憶している。(主催者等は失念してしまって、今も調べてもいないが)
 
 あるとき、何の話からか、市役所の工事担当官と「サリン事件」の話になり、わたしなどは「731部隊・残党犯行説」(この説もごく一部ではささやかれていたが)に組したことも、その直後のマスコミ(特にワイドショー)総がかりでの、河野さんバッシング=罵倒=書きたい放題ぶりも昨日のことのように刻み込まれている。

 何ひとつ変わっていないのだな、戦中も戦後もそして今も、と当時思ったものだ。

 *忘れられない、小さな小さな「事件」をひとつ。

 1994年の夏から、山梨県・長坂というところでの工事中の「盗難事件」である。プラントの配管工事の現場で配管・塩ビ溶接・ステンレス溶接の機械や工具類一式が、夜間(全員近くの旅館に宿泊していたので夜間は当然無人となる)盗難にあってしまった。長年そのような感じで工事をしていて、全く初めての経験であり、皆で首をひねったものである。 工事に使用する機械・工具類は「金目当てで盗難」するのは「計算に合わない」ことなのだ。*但し、それを使用する目的の場合は別だが・・・
 
 一応、管轄の長坂署に「盗難届け」を出し、現場立会い確認もしてもらったが、そのまま現在に至っている。1994年晩秋のことである。

 ・・・年も明けて、中央道を南下しているときに、カーラジオから「ニュース」が流れ始めた。私の46歳の誕生日だったので(1995年1月17日)、忘れようの無い記憶になった一日に始まりだった。10~15分ごとに死亡者の「数」が増えていく、あの早朝のニュースを忘れられないわたしは、何とか今も、在る。
   
  <続>
 


*NETで学ぶ。
*前回の記事で「今日も、ニュースでは、ロシアのプーチン政権の批判者・元諜報機関員・リトビネンコ氏の「不審死」(暗殺?)についての続報がながれている。」と書いたが、信頼するHP・ブログから、関連記事を読んでみた。

 <以下引用>
 神浦 元彰 (軍事ジャーナリスト) のHPより(カレーはプロも逃げ出す腕前・ホノルルマラソンに挑戦!の神浦氏)
http://www.kamiura.com/new11_2k6.html 

[概要]ロシアのプーチン政権を批判していた連邦保安庁(FSB)の元幹部、リトビネンコ氏が毒殺された事件で、プーチン政権は「ロシアを陥れようとするもの」と関与を全面否定し、ロシア批判への防戦に躍起である。しかし毒殺に使用されたポロニウム210がロシアで開発されたものから、同政権は苦境に立たされている。
 プーチン大統領は24日、ヘルシンキでの欧州連合(EU)とロシア首脳会談後に記者会見して、死亡したリトビネンコ氏に哀悼の意を表し、「死因が確定されない中では、英国がその死を政治利用しないように求める」と牽制した。さらにロシアのヤストルジェムスキー大統領補佐官は、著名なジャーナリスト、アンナ・ポリトコフスカヤさんの先月の暗殺では、ロシアを陥れようとする者たちが主導したと述べ、政権にとっては逆にダメージになっていると立場を強調した。
 殺されたリトビネンコ氏が倒れる前にロンドンで会っていた元KGB将校、ルゴボイ氏も事件の関与を否定した。ルゴボイ氏はプーチン政権に指名手配され、現在英国にいるロシアの元政商ベレゾフスキー氏の警護を担当している。
 ロシアのラジオ放送エホ・モスクワブイが25日に行った世論調査では、同事件にプーチン政権が関与しているとみる視聴者と、関与していないとみる視聴者は半々となった。
[コメント]ロシアではすでにKGBが復活し、KGBの伝統を引き継ぐFSBは、暗殺や謀略の活動を全面的に再開している。元KGBメンバーはロシア政権の中枢ばかりか、経済・産業界や金融や、石油・天然ガス業界まで、プーチンを中心にした元KGBメンバーが中枢を占めている。
 そして今回の暗殺であるが、私が聞いたところではポロニウム210が毒薬として使われたのは初めてである。ネットで調べたところ、ポロニウム210の毒性は致死量が1兆分の7グラムとわかった。昨日、友人のTV記者が東工大の教授にインタビューをしたとき、ボロニウム210の1グラムで1000万人から1億人の人を殺せる猛毒といわれたそうである。ただサリンやVXのように皮膚から体内に吸収されない。だから口や鼻から、食べ物や飲み物に混ぜるとか、あるいはガス状や煙草などに混ぜて呼吸で体内に吸飲するや、注射器などで体内に注入する方法がある。
 私が特に注目したのは、死亡後に尿や血液からポロニウム210の放射能物質が検出されたことである。もしFSBのエージェントが暗殺を実行したなら、事故死、自然死、あるいは銃などによる狙撃など、その暗殺テクニックは高度なものがある。しかしあえて毒薬のポロニウム210を選択したのは、確実に死に至らせる猛毒であり、死亡後に死因が確実に特定出来ることである。だから今回の暗殺には「見せしめ」の効果を狙っていると推測する。

ロ情報機関元幹部毒殺

ロシア政府やプーチン政権に反抗したり批判する者への見せしめである。逆らえば殺すというメッセージを込めた暗殺である。とてもではないが、FSBからポロニウム210を使って暗殺を仕掛けられたら、そこから逃げることは不可能に近い。
 それにポロニウムはアルファー線だから金属の缶で簡単に運搬できる。アルミ箔に包んでも運搬出来ると聞いた。
 今回の事件によって核物質の殺戮範囲が拡大した。①水爆や原爆の様に熱核爆発で大きな被害を与えるもの。②ダーティーボムの様に核物質を特定の場所に散布して人体などの被害を与えるもの。③そして今回登場したポロニウムやプルトニウムなど猛毒の放射能物質で暗殺させるもの。 などでである。いままでの細菌兵器(例 ボツリヌス菌)の毒性とは比較にならないほど猛毒が殺戮兵器として登場した。これを”見せしめの暗殺”と言わずして何というのだろうか。
 そして蛇足ながら付け加えると、頭髪が抜け、唇がはれて、裸でベッドに横たわるリトビネンコ氏の写真を誰が公開したのか。あれほどポロニウム210の”見せしめ効果”を高めたものはなかった。

届いたメール 
   神浦さん、こんにちは。
 メールでお返事ではウランに関するかなり高度なことが議論されているようで すが、基本的なことに言及されていないので一応基礎的な情報を自分なりにまとめてみました。
 天然に存在するウランには質量数238のウラン238と、それより中性子が3つ少ないウラン235の2種類があります。このウラン238と235の比率はウラン238が99.3%、ウラン235が0.7%で、圧倒的に自然界ではウラン238が多く存在しています。しかしながら核分裂を起こしやすいのはウ ラン235なので、天然ウランはそのままでは原子炉の燃料にも原爆の原料にもなりません。
 そこで、ウラン235の比率を高める操作が必要ですが、これを「濃縮」といいます。そうしてウラン235の比率を高めたウランを「濃縮ウラン」といいます。この濃縮の割合は商業用原子炉で使われる核燃料の場合5%程度、核爆弾に使う兵器用だと90%以上と一般に言われています。そして、この濃縮の過程でゴミとなった、ウラン238の割合が99.3%以上になったウランのことを 「劣化ウラン」といいます。
 ということで、「劣化ウラン」「濃縮ウラン」「濃縮」について自分なりにまとめてみました。
届いたメール 
  神浦さん こんにちは。いよいよ明日からは12月です。そして1ヶ月もすると”新年おめでとう”ですね。今年もいろいろ教えて頂きありがとうございました。そしてご苦労様でした。
 ところでロンドンで起きた元FSB工作員のリトビネンコ氏暗殺事件ですが、暗殺以外に、自殺説やポロニウム密輸説が浮上してきています。もし暗殺でないとしたら、ポロニウムが密輸されるほど世界には闇で流通しているのですか。
 またロシアの諜報機関であるFSBが関与した暗殺なら、プーチン大統領の政治責任が問われることになりますか。なんだかロシアは、証拠さえなければいつでも暗殺をする国に思えてきました。ロシアは暗殺が好きな国だと思いますか。
 12月の国連の報告で注目するところは、検出されたウラン238と235の の比率がどうなっているのか、ということですよね。ですから、99.3:0. 7という天然ウランの比率からどちらにどれだけ離れた数字になっているのかが、 ポイントの一つになると思います。

コメント 
 ポロニウム210の致死量は1兆分の7グラムです。これをわかりやすく言うと、1グラムで1000万人から1億人を殺す致死量となります。そんなものがいくら何でもアリの闇市場でも、世界中に流通していないと思います。私は聞いたことがありません。あくまで人工衛星の原子炉で発電に使うぐらいと考えていました。
 自殺説や密輸説はロシアから流されています。FSB(連邦保安庁)が絡んでいれば、その程度のミス・インフォメーション(偽情報)は流すでしょうね。リトビネンコ氏暗殺はFSBが、いつでも、どこでも、誰でも、プーチン大統領を批判する人を、最も残忍なポロニウム210で暗殺出来ることを証明して、見せしめにしたと思います。英国の情報機関MI5やMI6のお膝元のロンドンで、暗殺の手段を知り尽くしている元FSBのリトビネンコ氏を、最も残忍なポロニウム210で暗殺したということです。これでプーチン大統領に批判的な活動をしていた人は強い脅迫を感じたと思います。
 それからロシア人のプーチン観ですが、私はロシア人には残忍でも強い指導者を求める国民性があると思います。強い指導者が周囲の外敵から守ってくれ、自分達が外国に行くと一流国の待遇を受けることができるという国民性です。ですから今回の暗殺をプーチン大統領の指示で行われたと感じても、それはそれで良いと思う国民性があると思います。
ソ連邦が崩壊し、ロシア経済が破綻した時に、ロシア人は惨めな思いで生活していました。その時と今を比較すれば、ロシアが再びKGBに支配されても許すのではないでしょうか。ロシア中央政府の局長や次官クラス、電力や石油の大企業の副社長クラス、新聞やテレビの経営者、地方の州知事に元KGB出身の者が多用されています。すでにロシア政府はKGBが支配する国と考えた方が正しいように思っていま
 一体、プーチン大統領はどうなってしまったのでしょうか。今までにない異常心理になっているように思えるのですが。ロシアでKGBが復活して恐怖・秘密政治に戻すのは無理と思います。逆にプーチン大統領への暗殺未遂事件でもあったのでしょうか。今のロシアの動きは明らかに変です。


* 「ラスプーチンと呼ばれた男 佐藤優の地球を斬る」 (愛称ミーシャとも) より
http://www.business-i.jp/news/sato-page/rasputin/200611300007o.nwc 

「この事件で誰が得をするか」ということが諜報の世界の文法だ。リトビネンコ氏を露見するような手法で、放射性物質を用いて暗殺することで、「ロシアはソ連と変わらぬ恐ろしい国だ」という印象が強まるだけで、プーチン政権は何の得もしない。それから、ロシアが本気になってリトビネンコ氏を始末してしまおうと考えたならば、中東か北アフリカあたりの観光地におびき寄せ、交通事故の形で処理してしまえばよい。事実、諜報業界での暗殺は現在も交通事故、自殺の形で処理されることが多い。薬物暗殺などという、確実に捜査に発展するような手法は避ける。

それでは真相は何か。あえて筆者の推測を大胆に記す。ロシア・マフィア絡みの利権抗争だ。そこに諜報機関幹部OBとそのOBに連なる人脈の現役下級職員が関与している。動機はカネだ。ロシアのチェチェン独立派の資金源のほとんどがマフィアによる合法・非合法のビジネスで、それを捜査するFSBは囮(おとり)作戦などの潜入工作をとるが、マフィア側から提供される巨額の資金によって取り込まれ、FSBを退職して、マフィアの顧問になった者も少なからずいる。
エリツィン前政権時代に一時期チェチェン問題を担当する安全保障会議事務局次長を務めていた寡占資本家のベレゾフスキー氏(現在、ロンドンに逃亡中)がチェチェン独立派の庇護(ひご)者であることは公然の秘密だ。リトビネンコ氏は、「英国内では、ベレゾフスキー氏の支援を受けながら、02年にはFSBの謀略を告発する本を出版。99年、モスクワのアパートで300人以上が死亡した連続テロ爆破事件が、実はチェチェン武装勢力の仕業ではなく、FSBによる『自作自演』だったことを示唆する衝撃的な内容だった」(26日読売新聞朝刊)。だが、同書の内容が事実でないことは、インテリジェンス業界の定説になっている。マフィアは、チェチェン情勢を不安定なままにして商売(シノギ)が継続できる環境を担保しようとする。そのために人権派ジャーナリストや活動家に資金援助を行っているというのも公然の秘密だ。 ロシアは英国政府からの捜査協力要請に積極的に応じるべきだ。(以下略)    

*続・ネットのオウム
<続>

<地下鉄サリン事件>   1995年3月20日

● 実行者はオウム信者ではないのではないか?少なくともオウム単独の犯行ではない。

● 使用されたガスはサリンではなく、被害者の症状からみて、タブンガス(神経ガス)の可能性が強い。

● 外国のニュース、例えばABCニュースでは、化学兵器の専門家三人が「サリンではありえない」と指摘した。

● 裁判では、多くの目撃者がいたのによばれず、容疑者の自供だけで、裁判は進行している。

● 事件発生前に、防毒ガス・マスクメーカーの株が急騰した。

● 科捜研の化学検出班の誰も「私は、サリンと認定していない」と証言している。


<村井秀夫刺殺事件>   1995年4月23日

● 実行犯の徐は朝鮮総連・学習組の一員だった。

● 村井秀夫が殺害されなければならなかった(犯人はどうして殺害に走ったのか?)合理的な理由が不明。

● 村井秀夫が知っていた(犯人サイドからいえば隠したい)事実とは何なのか? ①覚せい剤製造の事実? ②一般的なオウムの秘密事項?

● 本部前には多くの警察官が警備にあたっていたが、犯行時直前だけは、なぜか現場付近にいなかった。

● 犯人(実質的な犯行主体という意味だろう)については、①暴力団 ②北 ③創価 ④統一??

● 村井の最後の言葉とされる、 「ユダにやられた」「ユダヤにやられた」という言葉について、警察は否定に近いニュアンスだ。聞いたのが、上祐というのも?


<国松孝次警察庁長官銃撃事件>     1995.年3月30日

● 国松長官の警備員・SP二人は、95年3月30日・事件当日の早朝に足止めされて荒川署に留まっていた。その理由・命令の因は不明のままである。

● 警察庁は当時、S銀行名古屋支店重役の射殺事件に絡み、Y組み系GT組の徹底捜査・殲滅を指示していた。GT組と創価との関係は周知の事実である。

● 38口径のマグナム弾を三発も受けて、なお長官は死亡を免れた。普通には、あり得ないことである。使用された銃はマグナムだったのか?銃の特定を恐れたものの偽装ではないのか?

● オウムには北の工作員と噂される人物がいたが、強制捜査後にオウムを脱会して、スペインに逃亡した。そこで、よど号グループと接触した形跡がある。

・ ・・等々、要約しつくしても限りなく続いていく、<情報>の洪水であるが、以降はループ状態になる。

     <終り>

* グルグル巡りの記事の氾濫を読み続けても、そのループ上にはいつも頻繁に現れる言葉=集団名がある。
オウム=創価(学会)=統一(協会)=勝共(連合)=北(朝鮮)=Y系G組(後藤組)という語が現れては消え、また現れる様相を呈す。

今日も、ニュースでは、ロシアのプーチン政権の批判者・元諜報機関員・リトビネンコ氏の「不審死」(暗殺?)についての続報がながれている。そういうものなんだ世界はいつも、一枚「日常」という薄皮を剥がせば。  それを故意に無視した言論は許されないだろう。

最後にもう一度、『黄泉の犬』からの引用を記しておく。( P。75 )

「・・・だが(麻原=松本の実兄満弘氏は)オウム真理教についての話は続けた。もともと智津夫は自分の不遇な魂を救済するために宗教のほうに行ったこと。宗教を立ち上げるとき、八代に帰ってきて兄の自分に教祖になってほしい、と言ったこと。そして早川という男が教団に入ってきて智津夫の態度が急激に変わったということ。・・・」・・・



*ネットの<オウム>
<ネット上でさまざまに語られるオウム>を書き留めておく。

 ネット上で語られる「オウム」に関する記事の「群れ」の中から、気にかかるものを列挙してみる。語られる「ことば」「テーマ」の一群から、何かが見えてくれば幸いである。

*<開始>
 

坂本弁護士一家殺害事件>   1989年11月
 
● 深夜3時に、抵抗する一家3人を、6人で殺害したのに、アパートの住人で「もの音を聞いた」人はいない。

● 神奈川県警の捜索で見つからなかったオウムのプルシャを、坂本氏の母親が見つけた。捜索の後に誰かが置いた物ではないか?

● 事件当日、京都ナンバーの暴力団所有のワゴン者が目撃されているが、これの捜査はされたのか?

● 実行犯(とされている)の一人岡崎は何故犯行をすすんで「自供」したのか?岡崎は(も)替え玉ではないのか?

● 坂本氏殺害の目的は何か?坂本氏が独自調査で入手したオウム関連の新情報を公開・暴露されることを怖れた「一群」が情報隠蔽・消去のために行った。

● オウムの早川がY組系・GT組とつながっていた、(ここから、早川と創価の関係も指摘される。)との情報がある。

● TBSは、坂本弁護士のインタビュービデオをオウムに見せた。このビデオの内容もすべては公開されていない。

● TBSの内部調査では、TBS内部にはオウム信者はいないと発表されたが、(ハイ、私ですという者もいないだろう、別の目的でもなければ)他の例えば創価の信者はどうなのか?

● カルト組織の「相互交流」(個人が複数の組織に加盟・入会する)は、ありふれたことである。とくにその組織の急発展期には<スパイ>の侵入もよくみられること。

<仮谷清志氏拉致監禁致死事件>  1995年2月

● 拉致に使用されたレンタカーの借受け時に提出された運転免許証は、前科11犯の創価信者のものだった。しかし、警察はこの男を追及しなかった。

● 仮谷氏は、姉がオウムに出家し、財産を教団に寄付(布施)するのを止めようとして、オウムに殺害されたということになっているが、仮谷氏の息子はその「姉」なる人物と会ったこともないし、父親が「姉」に接触している形跡もないと言っている。

● 仮谷氏がオウムによる誘拐を予測した<仮谷メモ>の存在が警察によりリークされ、報道もされたが、そのようなものは何処にも存在しないと判明した。警察のリークの目的・動機は何か?が問われる。

 
<第七サティアン>


● サリン製造プラントでは、実は覚せい剤を製造していたのではないか。

● 強制捜査の前に、第七サティアンで異臭騒ぎがあった。そのとき、サリンに組成が近い有機リン酸系化合物が検出されたが、警察は動かなかった。異臭は覚せい剤の製造過程で生じるものという。

● 覚せい剤製造のキーマンは石川公一だと、特定されたにもかかわらず、石川は追究もなく、釈放されている。  

● オウム以外の組織(はるかに巨大な)が覚せい剤製造に関わっていた。

● 池田大作殺害計画(1993年10月)は、事実関係がきわめて不明。創価とオウムの関係を隠すための謀略だった?

● 池田サリンのスクープは、創価支配の「毎日新聞」だった。


<松本サリン事件>   1994年6月24日


● オウム信者の自供した犯行時間は誤りで、それ以前に被害が発生していた。オウムの犯行ではないのではないか?単なる自供者と真犯人との口裏あわせのミスか?

● 95年2月11.12日「松本事件の犯人はオウムだ」と書かれたビラが配られた。配布していたのは、創価信者だった。目的が不明の行為だ。

● 怪文書には、「オウムが集団自殺するではないか」と書かれていた。教団の集団自殺にみせかけた、「機関」による集団虐殺の例もある。

*例:  <ウエイコの惨劇>・・1993年4月19日、テキサス州中部のウエイコ郊外。FBI に包囲された要塞のような教団(「ブランチ・デイビディアンズ=ダビデの末裔」)の本部で、教祖以下約80人の信者が火災によって死亡した事件。集団自殺といわれたが、真相はわからない。 教祖デイヴィド・コレシュはハイスクール中退者、内部の権力闘争に勝ってこのカルトの指導者になった男。彼は「エホヴァ」を自称し、外界から隔離された状態で、信者たちと共同生活を営んだ。
18人もの女性信者がコレシュの妻となり、一方男性信者は既婚者もすべて独身生活を強いられた。このカルトが「週末」のときに備えて大量の武器を貯蔵していたことは疑いなく、それが1993年2月の強制捜査となったが、このとき捜査員4名が銃弾に倒れている。その後2ヶ月の篭城が続き、惨劇で終ったわけである。
(*この「ウェイコの惨劇」の注のみ主に森安達也氏の渾身の著『近代国家とキリスト教』=2002.10.10平凡社ライブラリー、原著;『神々の力と非力』1994.5月平凡社刊=に拠った。)

   <続>



*森達也 『 A 』
 *<誠実な、等身大の自己を晒すことに、躊躇しない、やや強情なやさしさをもった、稀有なドキュメンタリー・ディレクター。> これが、私が森達也という人の著作 (この『 A 』はわたしにとって、森氏の著作としては三冊目の本である。はじめは『下山事件』、二冊目は『「麻原死刑」でOKか?』で、これは集会参加者という立場での発言をしているのみで、著作ではないが、・・) を読んだ今、抱いている森氏に対するイメージだ。

 奇をてらうことも無く、しかし内に秘めた「熱い志」が、日々の淡々とした記述のそこここで、感じられるのである。「1968年」には12歳だった、1956年生まれの男性である。

 こんな、森氏が、1995年9月27日にオウム真理教の荒木浩に初めて会う。荒木氏を「 A 」の主対象に決めた経緯はこうだ。・・・
オウム(麻原)をドキュメントで捉えるという構想を以前から持っていた森氏だが、麻原逮捕でその対象を失い、替わりの「対象」を捜し求めるが、なかなかそれに叶う人物に巡り会えない。そんなとき、テレビに登場して「必死に言葉を模索しながら口ごもり、押しつけられるマイクに絶句しながら立ち尽」す荒木浩氏を見て、「彼だと直感した」 。そして何度も<手紙>(*電話やファックスではなく)を書く。

こうして、はじめて荒木氏に会い、「オウムにはドキュメンタリーの撮影依頼が殺到しているだろう。」と思っていた森氏は、そこで驚くべきことを聞かされるのだ。
 
<引用始>
(荒木)「・・・逆にお聞きしますけど、私を素材にするようなそんな内容のドキュメンタリーが本当に放送されるのですか?・・・」

(森)「わかりません。僕はフリーランスですから局との交渉はこれからです。でも現役信者達の日常を主題にしたドキュメントはまだどこも成功していませんし、もし実現できるなら、どこに企画を持っていっても局が断ることはまいと思っています」

「・・・森さんは今、どこも成功していないっておっしゃいましたよね」

「ええ」

「でも、ドキュメンタリーって依頼は森さんが初めてですよ」

「・・・初めて?」

・ ・・中略・・・

(あれほどの「マスコミの狂乱」が演じられた裏で、こんな事実があったことを、銘記しておきたい。何度も繰り返される、今現在もテレビをつければ、新聞・週刊誌を見れば氾濫する「ニュース」「情報」とはこんな程度の代物なのだ。「談合」「寄り合い」の垂れ流し!に踊らされる我々。・・・いい加減、なめらるのはよしにしよう。)

<引用再開>

(荒木)「・・・ただ、そう簡単には結論(撮影依頼を受けるかどうかの)はだせません。上(オウム指導部)にも森さんの申し出については報告していますが、この人物が本当に信頼できるという保証がないと、今のところは却下の状態です。それにモザイクの件もありますし・・・」

(森)「難しいんでしょうか?」

「私はもちろん必要ないですが、・・・他の信者たちもですよね?」

「すべてです」

「それは、・・・かなり難しいと思います」

「とにかく上をもう一度説得してみます」

「私が今日お会いした森さんの印象を伝えてみます。約束はできませんが」

「・・・荒木さん、念を押しますけど、僕はオウムを窮地から救いたいとか、オウムの宣伝をしたいとか、そんな気はありません。あくまでも僕自身の目で、今のオウムの本質を捉えたいだけです。」

「わかっています」

<引用終わり>

 こうして、稀有な、貴重な「オウムに関する一次資料」というべきドキュメントの撮影が動き出した。

*一気に読み終えての率直な印象は、「違和感のなさ」という「違和感」というものだ。思慮深い・少し晩生の・それでいて率直な意見も述べる、どこにでもいそうな真面目な青年、荒木氏と信者たち。

 ここには、暴力集団化の兆候など微塵も見つけることはできないというよりも、それとは最も遠い「空気」が充満している!

 「ためらい」・「熟考」・「躊躇」・「よき優柔不断」「他者へのやさしさ」・・・からは、「暴力」の「組織」は生まれ得ない。
 荒木氏には「千石イエス」との親和性すら、感じられた。

 <暴力集団化>は、「外からの力」のなせる業だったのだろうか? ・・・(続) 


 



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