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●竹中売国政策を暴く!  政治経済学者 植草一秀
 ●竹中売国政策を暴く!  政治経済学者 植草一秀  『月刊日本』3月号所収。

 <1>★噴出する小泉・竹中政治のツケ

 <2>★財界の利益優先を図った竹中

 <3>★「かんぽの宿」売却疑惑に竹中の影

 <4>★郵政民営化の狙いは「郵政米営化」だった

 <5>★官僚利権を温存した竹中

 <6>★「竹中・西川・宮内」闇のトライアングル

 <7>★マスコミに騙されるな 

 
 (*1~7の数字は便宜上のものです。)

 ***********

 以下、<3>~<6>を主に、特に<3>・<6>は詳細に紹介していく。

  
 <1>噴出する小泉・竹中政治のツケ

 
 麻生政権が誕生して、小泉・竹中政治の象徴である二つの重要問題が浮上した。

 ①雇用情勢の悪化と、②「かんぽの宿」疑惑だ。

 二つとも「市場原理主義」と「郵政民営化」の産んだ子どもである。

 麻生首相は、1月28日の施政方針演説で小泉・竹中政治からの訣別を宣言したが、

 それがここにきて一気に加速したのは「かんぽの宿」不正入札問題の所為である。
 
 引退したはずの婦女暴行前科者・小泉の「笑っちゃうくらい」発言は、ほんの一瞬だけ

 シャレタ「ワンフレーズ」としてワイドショウに取りあげられたが、今度は続かない。

 表情に余裕もなく、つくり笑顔も「何者か」に追い詰められた内実を隠せない。


 <2>財界の利益優先を図った竹中 

 
 竹中は君子とは程遠い売国奴なのに、1点だけは「君子」から学んでいるようだ(笑)。

 【君子は 豹変す】というのがそれで、まったく馬鹿につける薬はない。

 さて、竹中は一般には「市場原理主義」の信奉者と思われている。

 確かに小泉政権前期において、竹中は「財政健全化のためには健全な経済発展よりも歳出削減以外
 にはありえない」と主張していた。

 ところが、小泉政権末期になって、その発言は急変した。
 今度は経済成長が重要で、成長による税収増加で財政健全化を実現すべきだと言い始めた。
 もちろん、「急変」の根拠や理由などを説明・開示する気もないようだ。

 竹中の得意のフレーズに「がんばった人が報われる社会」というのがあった。
 このフレーズに聞き覚えのない日本人は少ないだろう。
 しかし、この言葉は竹中自身がアメリカの「親分」に囁かれた言葉だった。

 しかし、近年の現実は「がんばったけど報われなかった」国民が激増したことを示していて、
 それが昨年末の「年越し派遣村」として「結実」した。

 まあ、普通ならこういう豹変思考の手合いは相手にされないものだが、
 放っておくと健忘症の国民の懐にまた巧みに潜り込んでくる恐れもある。
 「溺れかけた <犬>」に下手な同情は禁物である。(魯迅)

 
 ★念を押しておきますが、この文章は植草氏の論考を参照しながら書いていますが、
  もちろん文責はすべてブロガー「ひろもと」にあります。

  
 <3>「かんぽの宿」売却疑惑に竹中の影


 「かんぽの宿」売却疑惑とは単なる不正入札問題とは異なり「売国政策」というべき性格のもので、
 大分キヤノンの工場建設にまつわる御手洗他の不正蓄財とは一段レベルが違う「大悪」である。

 不正入札の過程や売却金額の異常さは、それこそ常軌を逸したものだが、すでに衆知のことだろう
 から今は略す。

 ここでは鳩山総務相の追究に対して、竹中が提示した「反論」を診てみる。
 反論のポイントは以下の5点。

 1、「かんぽの宿」は一年に40億円も赤字を出す「不良債権」だ。
   →この反論はもうすでに破産している。
    加入者の福利厚生施設の性格上「利用価格」を安く設定していたのが「赤字」の主因である。

 2、最終的に100億円の資産評価しか得られないものに2400億円も資金を投下したことが問題だ。
   →これは、100億円という評価づけをした主体の問題を看過しては意味のない論、マッチポンプ
    なのだ。
    財産評価政府の財産評価委が行ったが、竹中が指名した奥田かつ枝委員がオリックス関連の
    事務所に所属していることが判明した。
    不当に低い不動産評価額が設定されたと疑わない方が異常だろう。
    これを「八百長」・「狂気の沙汰」と普通の日本語では言う。    

 3、評価が低いのは、(高給の)従業員を雇い続けなければいけないからだ。
   そういう「雇用維持」の国会決議もある。
   →これは日本郵政が対応すれば済む問題でこれも論外。

 4、「かんぽの宿」売却先決定は「競争入札」によっており、公明正大だ。
   →哀れ!西川善文日本郵政社長は国会答弁で「競争入札ではなかった」と認めた。
    これほど杜撰な謀略も近年めずらしいほどの醜態で中川のそれを上回る。
 
 5、「民営化」した企業の経営判断に政治が介入することは根本的な誤りだ。
   →やはり、竹中平蔵は大馬鹿者だった。
    古来、「問うに落ちず、語るに落ちる」というのは常識だが、平蔵にはそのレベルの常識も
    なかったらしい。
    この発言で、平蔵は自身の大罪=「りそな銀行処分」に口を閉じ続けることが出来なくなった。

 さて、平蔵「反論」の1、に戻る。

 「かんぽの宿」の赤字の原因は、安い料金設定に起因する「営業収支」だけではなく、高額の減価償却に起因しているとの疑惑がある。
 キャッシュフローでの赤字は小さい可能性が指摘されている。
 繰り返すが、財産評価政府の財産評価委が行ったが、竹中が指名した奥田かつ枝委員がオリックス関連の事務所に所属していることが判明した。
 不当に低い不動産評価額が設定されたと疑わない方が異常だろう。

 こういう事態が麻生首相の就任演説に繋がったと今では観ることができる。

 
 <4>郵政民営化の狙いは「郵政米営化」だった。


 郵政民営化の一枚看板で総選挙に挑み、上手く騙しおおせたと思っていた小泉=竹中売国コンビだが、その実態が「郵政利権化」「郵政米営化」だったと暴露されつつある。

 2005年の衆議院郵政民営化特別委員会で、自民党の城内実議員(当時)が郵政民営化の法制化に際して、郵政民営化準備室が17回も米国と協議を重ねた重要事実を明らかにした。(先日既に紹介した。)

 また、8月2日の参議院では、櫻井充議員が、米国通商代表が竹中に送った信書の内容を暴露した。
 それは、竹中が米国の意向(指示・命令だろう)に沿って法制化を推進していることへの「謝意」を示すものだった。

 とにかく、2007年10月に郵政分社化と日本郵政が発足したが、問題は資産の分割にある。

 「ゆうちょ銀行」「かんぽ生命」は、丸裸にされ、「郵政事業会社」もわずかな不動産しか配分されなかった。ゆえに「ゆうちょ銀行」「かんぽ生命」の資産基盤は脆弱で、株式が売却されれば、外部(外国)投資家は低金額で株式を(取得)支配できる。
 支配権が外国資本に渡れば、340兆円の資金(国民の)が外国資本に支配される。

 「郵便」と「郵便局」を傘下に持つ「日本郵政」株式が売却されるが、当初は「ユニバーサルサービス」が義務付けられるため株価が低位に位置する可能性が高い。
 郵政の巨大不動産は日本郵政と郵便局会社に帰属し、「日本郵政」は三菱地所並みの巨大不動産会社に変わる可能性が高い。

 外国投資家は、株価が低位の時点で取得して、少ない資本で「日本郵政」支配権を手に入れるだろう。
 
 瀕死のアメリカが活躍する舞台装置はいまのところ、整っている。

 ところで、日本郵政株法附則第2条に<2012年までの「かんぽの宿」売却を義務付ける条文>を入れることを指示したのは竹中であったことが国会で明らかにされた。
 加えて附則第3条には、日本郵政株式の早期売却が定められている。
 この株式売却を開始してしまうと、根本的な見直しが困難ーほとんど不可能ーになる。
 株式売却と「かんぽの宿」売却を凍結する法改正が求められる所以だ。

 小泉の異様なキレ方も、竹中のなりふり構わぬ自己弁護もその「法改正」に対する危機感のあらわれだ。「その筋」の恫喝も並みでは有り得ない。自業自得だろう。

 ↑に「平蔵は自身の大罪=「りそな銀行処分」に口を閉じ続けることが出来なくなった。」と書いたが、竹中は発言こそふらつくが、やっていることは「対米尻ふり」で一貫している。

 竹中は2002年に金融相に就任して、銀行の自己資本比率の算定基準を強行に変更しようとした。
 そのなかで、「りそな銀行」に標的を定めて同行の自己資本不足を誘導し、<解体破滅ー外国資本への「叩き売り」>へと導いた「前科」がある。(以前にも紹介した通り。)  

 
 <5>官僚利権を温存した竹中 


 この<5>以下は、全文を、引用紹介します。

 <5>官僚利権を温存した竹中 

 第三の問題は官僚利権構造の問題だ。筆者はNHKの日曜討論で、竹中氏に「改革」を主張するなら「天下り根絶」こそ根本的な問題であると追及したことがある。これに対しで竹中氏は、「天下りなどという瑣末な問題ではなく」と発言した。竹中氏は「天下り問題」を「瑣末な問題」だと認識していたことが分かる。

 小泉政権の末期である2006年に政府県金融機関の機構改革が最終局面を迎えた。日本政策投資銀行、国際協力銀行、日本政策金融公庫の三つが財務省の天下り御三家である。筆者はこの三機関に対する「天下り」を廃止するのかどうかが、小泉・竹中政治の官僚利権に対するスタンスを知る明確なリトマス試験紙になると主張した。

 小泉・竹中政治は財務省の天下り利権を完全温存した。「改革」の旗を掲げながら、官僚利権を切らないことが明確になった。
 小泉・竹中政治の「改革」とは、一般国民の生活を守るための「セーフティネット」を破壊する一方で、特権官僚の天下り利権を守り、公益法人や独立行政法人などへの年間12・6兆円の政府支出を温存する政策だった。

 「郵政民営化」の実態は「郵政利権化」「郵政米営化」である。「かんぽの宿疑惑」は、この真実を鮮明に例示するものである。小泉・竹中政治は「住宅金融公庫」を廃止し、日本道路公団を民営化した。「住宅金融公庫」廃止を求めたのは国民ではない。銀行業界である。国民は住宅金融公庫の存続を求めた。道路公団が民営化されれば、貴重な国民資産の「私物化」が進展する。「民営化」されてしまうと、国会や国民からの監視が効きにくくなる。

 日本郵政株式会社は100%政府出資会社で、国会や国民が厳しく監視しなければならない対象である。それにもかかわらず、日本郵政は資料提出を渋り、郵政民営化を仕切った竹中氏は、不透明な資産売却に「待った」をかけた総務相の行動を「不当な言いがかり、根本的に誤った政治の介入」と表現する。

 総務相の日本郵政に対する監督は、「日本郵政のガバナンス」の基本中の基本である。日ごろ「ガバナンス」などのカタカナ日本語を愛好している竹中氏が、基本の基本もわきまえずに郵政民営化を指揮していたことは、驚きを超えて恐怖である。


 <6>「竹中・西川・宮内」闇のトライアングル 


 次に、竹中氏が主導した経済政策の問題点を三点指摘しておく。第一は、マクロ経済政策についての主張に著しい「ぶれ」があることだ。先述したように、竹中氏はかつての主張から完全に宗旨替えして、現在の状況下では「財政政策の発動が必要」と述べている。

 2001年から2003年にかけて、筆者が超緊縮財政政策が日本経済の急激な悪化を招くと警告した際、「財政政策を経済政策のなかに積極的に位置づけるとの考え方は時代遅れであり 景気安定化の役割を財政政策に求める先進国は存在しない」とまで言い切っていた人物と同じ人間とは思えない。

 2003年にかけて小泉・竹中政治は意図的に経済を破壊させる経済政策を実行した。その結果、第2大戦後最悪の不況を招き、罪なき多くの日本国民を失業、倒産、経済苦自殺の灼熱地獄に追い込んだ。この責任は限りなく重い。

 金融危機を回避するために財政政策を発動することが正当で 財源として「埋蔵金」が存在するなら、2001年から03年こそ、超緊縮財政政策ではなく、中立の財政政策運営を実施すべきだった。小泉政権が景気破壊政策を実行していなければ、2001年から03年の日本経済の地獄は回避できた。

 また、最近、竹中氏は日本銀行の金融緩和政策が不十分であることが日本経済悪化の一因であると主張し、量的金融緩和政策の強化を主張している。その竹中氏は、2000年に日銀がゼロ金利政策を中止した際、ゼロ金利廃止をもっとも強く主張した人物の一人だった。「ゼロ金利はモラルハザードを引き起こす」と主張していた。その竹中氏が突然、金融緩和論者に変身した経緯が不明である。

 経済政策の主張がコロコロ変わる人物の政策提言を信頼することは出来ない。宗旨替えをした場合には、その理由と経緯を明示する必要がある。

 第二は、竹中金融行政に深い闇が隠されていることだ。先述した2002年から03年にかkぇての金融行政を再度、検証し直す必要がある。政権交代が実現した段階で、再検証が重要な課題として浮上するだろう。

 竹中金融行政の最大の問題は、2003年にかけて日本経済の破壊を誘導し、「大銀行破綻容認発言」などにより株価暴落を誘導しつつ、預金保険法102条の抜け穴規定を活用して、「欺瞞」と不正に満ちたりそな銀行処理を強行した点にある。

 この過程で、竹中金融相は2002年12月11日に、三井住友銀行の西川善文頭取、ゴールドマン・サックスCEOのヘンリー・ポールソンと密会している。その後、三井住友銀行はゴールドマン・サックスから1500億円の資金調達を実施した。

 『文藝春秋』2009年1月号が掲載した渡邉恒雄氏に対するインタビュー記事「麻生総理の器を問う」のなかで、渡邉氏が次のような証言をしている。


 「僕は竹中さんから直接聞いたことがあるんだが、彼は『日本の四つのメガバンクを二つにしたい』と明言した。僕が『どこを残すんですか?』と聞くと、『東京三菱と三井住友』だと言う。あの頃はまだ東京三菱とUFJは統合していなかったんだが、『みずほとUFJはいらない』というわけだ。

 どうして三井住友を残すのかというと、当時の西川頭取がゴールドマン・サックスから融資を受けて、外資導入の道を開いたからだと言う。

 『長銀をリップルウッドが乗っ取ったみたいに、あんなものを片っ端から入れるのか』と聞くと、『大丈夫です。今度はシティを連れてきます』と言った。

 今つぶれかかっているシティを連れてきて、日本のメガバンクを支配させていたらどうなったか、ゾッとする。」


 金融行政を「事前調整型から事後監視型に変える」と発言していた竹中氏が「政商」まがいの行動を示していたことは重大な問題である。西川氏は02年10月に竹中金融庁が「金融再生プログラム」を発表した際に、金融庁に対して猛烈な反発を示していたが、03年以降は、一変して金融庁に恭順の意を示すようになった。

 日本郵政株式会社初代社長に西川氏が起用されたのは竹中氏の強い推薦によっている。その西川氏が「かんぽの宿」疑惑の中心人物の一人だが、オリックスの宮内氏との関わりは竹中氏もきわめて強い。 
 

 <7>マスコミに騙されるな 

第三は、小泉・竹中政治が実行した「市場原理主義」経済政策の誤りについての追及がおろそかにされていることである。テレビや新聞が「日本竹中新聞」や「テレビ小泉」の様相を呈し、有力な論客による竹中政策に対する追及が実行されていない。マスメディアは竹中氏に一方的な反論の機会を与えるだけで、竹中氏に対する適正な追及のプログラムを提供していない。

 野党を中心に竹中氏を国会に参考人として招致することが提案されている。竹中氏は出来レースの民間テレビメディアにだけ出演するのでなく、国会の場で堂々と反論を展開するべきである。

 2月12日に小泉首相が麻生首相批判を明確に示したことをきっかけにして、政局が急速に流動化し始めている。麻生内閣の支持率は低下の一途をたどっている。このまま進めば、次期総選挙後の本格的な政権交代が確実な情勢である。

 既得権益を維持しようとする利権勢力は、本格的な政権交代阻止に死に物狂いの様相を示している。小泉元首相の行動は、みずからの再登場を視野に入れた動きであると思われる。マスメディアを総動員して、国民を「目くらまし」に陥れて、権力維持=利権維持を図るとの思惑が透けて見えてくる。

 麻生首相の迷走ぶりが深刻であり、マスメディアが小泉元首相を「水戸黄門」のように持ち上げているため、国民は惑わされやすいが、この構造が05年9月の郵政選挙の構造であったことを忘れてはならない。麻生首相は迷走しているが、「郵政民営化=4分社化を見直すべきこと」、「市場原理主義経済政策を否定すること」は正論である。

 総選挙では、この点に加えて「官僚利権を根絶すること」を実現する本格政権を樹立することが求められる。国民も学習を積んでいるから、よもや再び「リフォーム(改革)詐欺」に騙されることはないと思うが、マスメディアを総動員する市場原理主義者=売国政策推進者が再び台頭することを決して許してはならない。**************  <了>。
  
 

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  29) 言論封殺のメディア・コントロール

 小泉首相の独裁的政治運営を支えたのは★政党助成金と小選挙区制度だった。従来、政治資金は派閥が集めた。各派閥はそれぞれ資金源を持った。中選挙区制の選挙では自民党は1選挙区に複数の候補者を擁立した。
 派閥は相互に牽制し合った。一派閥、が全体を制圧することはなかった。派閥間の合従連衡が繰り返された。・・・中略・・・
小泉政権は2001年の株価暴落、景気悪化に対応して国債の増発に踏み切った。国債発行額の実態は33兆円だった。会計処理を粉飾して見かけの国債発行額を30兆円にとどめた。当初の政策方針を変更し、国債発行30兆円の公約は実質的に破棄された。政策の大敗を認めず、正しい指摘をした者を「借金中毒に陥っている」と臆面もなく罵倒する。これが小泉首相流の弁論術だった。
メディア・コントロールについては、第二章で詳論する。「NHK問題」も重大なテーマだ。三つの事例を示す。2002年ころから「デフレ」という用語、が頻繁に聞かれるようになった。「デフレ」とは不況、資産価格下落、金融不安を総称する表現だ。一般物価は下落していた、が、当時の実情は「大不況」か「金融危機」だった。用語の発信源は政府=財務省だったと思う。
 「デフレ」の第一義はデフレーション=物価下落だ。物価に責任を負うのは日銀だ。病名が「デフレ」=物価下落なら担当医は日銀で、発病の責任も治療の責任も日銀が負うべきとなる。大不況発生の真犯大は政府=財務省だ。「デフレ」という用語を流布して日銀に責任を転嫁したのだ。深謀遠慮の下に「デフレ」が流布されたと思う。
 「デフレ」の流布に尽力したのはNHKだ。ニュースで「デフレ」を繰り返した。国民は「デフレ」だと思うようになった。二冊の本が発売された。幸田真音著『日本国債』(講談社、2000年)とリチャード・ヴェルナー著『円の支配者』(草思社、2001年)だ。前者は日本財政が危機的状況だと訴える経済小説、後者は経済危機を生み出した主犯が日本銀行だと主張する経済書だ。テレビの報道番組でコメンテーターが宣伝した。メディア・コントロールの一環だ。
 財務省が世論操作にあらゆる方法を用いることを私は熟知している。本の宣伝広告も常套手段だ。リチャード・ヴェルナー氏は短期金融市場の日銀資金(=ベースマネー)と経済・金融変動との因果関係を重視し、日銀の資金供給収縮がデフレの原因だと主張した。この見解は量的金融緩和解除後の経済安定によって否定された。彼らは量的金融緩和を解除すれば株価が大幅下落すると主張した。事実が主張を否定した。
 NHKは「デフレ」をタイトルに冠する特別番組を何度も放送した。サブリミナル効果を狙ったとも言える。私はNHK日曜討論に頻繁に出演した。日曜朝9時から1時間の生番組だ。NHK政治部は週半ば、出演候補者に討論テーマについての意見を聴取する。週末に出演依頼が通知される。番組では主賓格の出演者が司会者上手に着席する。通常は主賓に賛成の論者が上手に、反対論者が下手に着席する。政治討論では与党が上手、野党が下手だ。
 番組のからくりを知った。番組の全体像は出演者を決定する段階で確定する。局は出演者の主張と力量を把握して出演者を決める。司会者が論議を誘導する。論議の流れは事前に予想できる。出演者の構成で結果を操作できる。
 U字形テーブル中央にランプがある。ランプは発言開始1分で点滅、1分15秒で点灯になる。出演者には「1回の発言は1分以内」のルールが説明される。ルールを守らない論者がいる。主賓の長時間発言は司会者が容認することが多い。
 小泉政権任期中に二度出演した。政府が苦境に立った局面では呼ばれなかった。事態が一時的に改善して、政府がアピールしたい局面でだけ招かれた。主賓は竹中経財相と本間正明経済財政諮問会議議員だった。私を攻撃しようと考えたのだと思う。
 視聴者は日曜討論が中立公正な討論番組と誤解するが問違いだ。政治討論では政党が中立公正』を求めるので問題が少ないが、経済の討論ではNHKが政府に強く配慮する。山本孝氏の司会は公正・中立だった。後任の影山日出夫氏は政府への配慮を露骨に示すことが多かった。NHKへの小泉政権の圧力が強くなっていることを実感した。
 フジテレビの報道2001にも出演した。番組ディレクターから政府閣僚が出演する際にコメンテーターの人選について要請が多いと聞いた。番組は閣僚出演を実現するために要請を受け入れるそうだ。中立・公正な番組作りは難しい。

30)  竹中氏の抗議
 第三は竹中氏からの圧力だ。竹中氏は経済誌のインタビューで「一番嫌いなのはタブロイド紙」と答えたという。タブロイド紙とは「夕刊フジ」「日刊ゲンダイ」などの夕刊紙だ。私は夕刊フジに『快刀乱麻』というコラムを連載した。竹中氏はこれを嫌った。
 私は小泉政権の発足時からコラムでも経済政策を批判した。金融不安拡大のなかで緊縮財政と企業の破綻処理が推進され、株価や地価暴落、景気悪化が放置された。日本経済の先行きを懸念した。
 アフガニスタンではタリバンと呼ばれる革命勢力が世界遺産を破壊した。日本の経済政策がこのまま維持されればタリバンの政策になると書いた。担当者が「タリバン」の見出しを付けた。竹中氏はこれを不快に思ったようだ。
 勤務していた研究所の担当常務から呼び出しを受け、コラムの表現を緩和するよう指示された。文筆活動に介入しない上司だった。企業に申し入れがあったのだ。
 テレビ東京・「ワールド・ビジネス・サテライト」のレギュラー・コメンテーターを1992年10月から2004年3月まで11年半務めた。竹中氏も小泉政権発足時までコメンテーターを務めた。小泉政権発足後も竹中氏はゲストとして何度か出演した。私が同席したこともあった。番組終了後に控室で竹中氏、キャスター、プロデューサーと雑談したとき、竹中氏が「東京でITサミットを開きたいと思っている」と話した。翌曰、TBSは「東京でITサミット開催」のニュースをスクープ報道した。マスコミヘの情報リークの現場を目撃した。
 TBSのプロデューサーから警告を受けた。竹中氏が、私が竹中氏の人格攻撃をしているので、私がTBSのレギュラー・コメンテーターを降りない限り番組に出演しないと通告してきたと言う。番組としては竹中氏の出演を強く希望しているとのことだった。テレビ東京は小泉政権を全面支援する曰本経済新聞社の子会社だ。私は「政策批判をしているが、人格攻撃をしていない」と答えた。
 結局2004年4月の出演を最後に降板することが決まった。最後の出演直前に2004年4月の事件が起こった。竹中氏はその直後に参議院選挙への出馬を表明し、TBSに再び出演するようになった。その竹中氏は2006年9月15曰、私が今回の事件に巻き込まれた2曰後に、参議院議員を辞職することを表明した。
 ******************
第1章  偽装     <完>

  以下、二章、<炎>・・・自伝的エッセイ
     三章、<不撓不屈>・・信条表明
     巻末資料・・ と、興味深い文が続くが、略す。



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  27) 濫用される権力

 第五の問題は権力の濫用だ。米国の大統領制度と日本の議院内閣制度。一般には大統領の権限が内閣総理大臣よりも強大だと思われがちだ。米国大統領は選挙で選ばれる行政の最高地位だ。大統領の権限は強大だ。大統領のスタッフは大統領交代と同時に入れ替わる。政治任用(ポリティカル・アポインター)と言う。
 米国では大統領府から独立して議会が設置されている。議員は選挙を通じて国民に選出される。大統領は議会決定に拒否権を待つが、上・下両院が三分の二以上の多数で再可決すれば議会決定が効力を発揮する。閣僚や最高裁判事の承認権は上院が握っている。議会は大統領を罷免する権限を有する。大統領の弾劾は下院が訴追し上院が審判する。
 米国の大統領制では行政府の大統領府と立法府の議会が相互に牽制する。権力の抑制、チェック・アンド・ハランスが重視されている。
 日本の「議院内閣制度」は間接民主主義制度だ。国民は選挙で議員を選ぶ。大衆動員型で情緒的な政治に陥りやすい直接民主主義の弊害を除去することが議会制民主主義の本来の目的だ。職業専門家である政治家を国民が選出し、政治家が専門的な論議を深め、少数意見を尊重しながら討論と説得を通じて政治決定を行う。これが議会制民主主義のメリットだ。
 大統領制と異なるのは「議院内閣制」が権力を「抑制」でなく「創出」する点だ。内閣総理大臣は議会の選挙で選ばれる。通常は議会多数政党の党首が就任する。総理大臣は行政の最高地位だ。「議院内閣制」では議会(立法府)と内閣(行政府)とが表裏一体をなす。首相が議会多数派の代表だからだ。だが、首相が権力を濫用すると独裁制に陥るリスクがある。
 首相が権力を濫用すれば与党内部から反発が生じる。党首は「話し合い」によって問題を解決すべきだ。党首が絶対権力を振り回して反論を認めないなら民主主義は崩壊する。民主主義を基礎に置かない政党も存在はするが望ましくない。
 小泉首相は独裁的な行動を強めた。小泉首相は反論を排除するために三つの手法を活用した。イエスマン登用、敵対勢力分断、大衆扇動だ。イエスマン登用と敵対勢力分断に人事権をフル活用した。大衆扇動のためにメディア・コントロールを強めた。小泉首相の示す「改革」は意味や内容が不明確だった。それにもかかわらず自民党議員を「改革派」と「抵抗勢力」に色分けした。国民はメディアが演出するデマゴギーに従ってしまう。スターリンやヒットラーも民衆扇動家で国民の熱狂的支持を創出して恐怖の独裁政治に突き進んだが、小泉首相にも共通点があったと言える。
 カール・シユミット氏は「「敵か味方か」の政治は分かり易いけれども、議台制民主主義は機能不全に陥ってしまう」と述べる。佐伯啓思氏は「小泉首相は大統領型の人気主義という爆薬を、議院内閣制という間接民主主義の制度の中に埋め込んだ」(『表現者』、2006年11月号、既出)と述べた。
 米国は直接的選挙で大統領を進出する制度を採用している。デマゴギーを多用する民衆煽動家が大統領に就任するリスクがないか気になる。だが、米国は権力の暴走を防ぐさまざまな仕組みを制度に埋め込んでいる。大統領府と議会の相互牽制もそのひとつだ。
 米国の大統領選出は曰本の知事選挙の方式で実施されていない。共和党と民主党が予備選挙で大統領候補者を選出する。そのうえで大統領選挙が実施される。細かく言うと国民が選出するのは各州の選挙人だ。州ごとの勝敗で各州選挙人を候補者が総取りする。全米で多数の選挙人を獲得した候補者が大統領に就任する。
 2000年の大統領選ではフロリダ州の勝敗が鍵を握り、開票やり直しが話題になった。ブッシュ現大統領が選出されたが民主党のアル・ゴア住補の全米得票数はブッシュ氏を上回った。米国に在住した1996年に大統領選挙があった。現職クリントン氏と共和党ボブ・ドール氏との戦いだった。
大統領候補者のテレビ討論を見た。投票決定に最も影響を与えると言われるのがテレビ討論だ。スタジオには無作為抽出された有権者が招かれる。各有権者は質問をひとつ用意する。司会者が無作為に質問者を指名する。候補者はスタジオ中央で質問への見解を述べる
時間は秒単位で管理される。候補者は手元質料を許されない。すべてを自己の能力で対応しなければならない。真剣勝負だ。テレビ討論、が決め手になることが多い。厳格なルールと厳格な運営で実施されるテレビ討論は候補者のすべてを有権者にさらけ出す。知力、判断力、話術、機転、人格のすべてが試される。凡人や変人、が大統領に就在することはないと思う。


 28) 蔑視されていた国民

 小泉政権の高支持率はデマゴギーとメディアの偏向報道によって生み出された。小泉首相は利用可能な権力を全て使用して独裁的に政治を運営した。小泉首相が人事権をふりかざしたため、損得を重視する人は権力に擦り寄った。多くの国民は操作された情報に誘導されて小泉政権を支持した。
 2005年6月21日の衆議院「郵政民営化に関する特別委員会」で民主党の五十嵐文彦議員が質問に立った。郵政民営化についての1億5000万円規模の政府広報業務が★「有限会社スリード」という竹中郵政担当相の秘書官が関係していると見られる業者に競争入札でなく★随意契約で発注されたことが問いただされた。
 政府広報は「郵政民営化ってそうだったんだ通信」と題する新聞折り込みチラシの製作と配布だった。チラシは2005年2月20日に大都市圈を除く、全国の約1500万世帯に配布された。政府広報業務は本来、競争入札に付されなければならない。だが、契約は「随意契約」で、「随意契約」になった経緯が不自然だった。
 2005年6月23日に民主党の中村哲治議員が重要な事実を指摘した。有限会社スリードが2004年12月15日に提示したとされる「郵政民営化・合意形成コミュニケーション戦略(案))」が示された。ここにはグラフが記載されていた。タテ軸がIQ (知能指数)、横軸が構造改革への肯定、否定かの度合いを示した。下半分のIQの低いゾーンが四角で囲まれ、「小泉政権支持層=B層と記載された。内容は「主婦層と子供を中心、シルバー層」で「具体的なことはわからないが、小泉総理のキャラクターを支持する層、内閣閣僚を支持する層」と説明された。
 資料下部に大きな文字で「B層にフォーカスした、徹底したラーニングプロモーションが必要と考える」と総括されていた。この企画に基づきB4サイズ、二つ折り4ページ・フルカラーの「郵政民営化ってそうだったんだ通信」という祈り込みチラシが1500万世帯に配布された。
チラシの1面には竹中氏とテリー伊藤氏の全身写真が掲載され、
テリー氏:「竹中さん、郵政民営化って僕にもよくわからんのよ。ちゃんと説明してよ。」
竹中氏:「よろこんで’・(笑)郵政民営化って、わたしたちの町と暮らしを元気にする、そのためのもの
L、テリー氏:「え!‥ それ、おもしろそう、もっと詳しく聞きたいな。」
の会話が記載された。
 2005年9月11日実施の総選挙が「郵政民営化賛成か反対かを問う選挙」と位置づけられたことを考えると、折り込みチラシは自民党の選挙運動の意味を兼ねたことになる。民主党、が委員会に提出したスリード社と竹中氏秘書官とのやり取りを示すとした文書によると、対談者の第一候補をテリー伊藤氏としたのは大臣の意向だった。
 国民をIQで分類し、政権支持層をIQの低い層と認識し、IQの低い層にターゲットを絞ったPR戦略、が実行されたことになる。メディアが問題を真剣に取り胤げたなら政権は吹き飛んだはずだ。だが、メディアは国民を侮蔑した世論操作に血道をあげる小泉政権を糾弾しなかった。






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 26) 露見した郵政米営化の実態 

  米国の対日金融戦略はしたたかで長期的視点に立った(ものだった)。日本の外国為替管理法(外為法)改正から32年、「日米円ドル委員会」から23年、「日本版金融ビッグバン宣言」から10年が経過した。米国にとっては2000年代に入ってからの6、7年間が本格的な収奪期になった。生保、損保、証券、銀行、消費者金融が次々に収奪された。旧長銀の買収、再上場は象徴的事例だが、氷山の一角に過ぎない。米国資本は暴落した不動産、銀行が損失処理を終えた不良債権を破格の安値でまとめ買いした。
 日本企業の資本力が枯渇したなかで、「ハゲタカファンド」は安心して日本を買い漁った。「安心」の根拠は彼らが入手した極秘情報にあったと考えられる。「ハゲタカ」は6、7年で売り逃げる「出口戦略」を描いて日本買占めを実行した。彼らはいま「収穫祭」を迎えている。
 最後の標的が★「郵貯・簡保」と★「医療保険」だ。1993年のクリントン米大統領・宮澤首相会談の結果、「対日年次規制改革要望書」が生み出された。94年以来、毎年発表されてきた日本の制度改革に関する米国政府の要望書だ。その全文を米国大使館HP(ホームページ)で閲覧できる。文書の存在は関岡英之氏の著書『拒否できない日本』(文春新書)によって世に知らされた。
 「規制改革要望」と「郵政民営化政策」の関わりを私も指摘した。2003年、2004年の年次改革要望書で米国が最も強く要求した項目が「郵政民営化」だ。規制改革要望書は露骨な内政干渉の文書だ。植民地支配を彷彿とさせる。
 米国は350兆円の郵貯・簡保に狙いを定めて収奪に乗り出した。日本には郵政に「私的怨念=ルサンチマン」を抱く小泉純一郎首相が在任していた。小泉首相は政治活動の大半を「大蔵族」議員として行動した。★「郵政民営化」は大蔵族議員の庇護下にある銀行業界の永年の悲願だった。「郵政民化」は小泉元首相の私的怨念、銀行業界の熱望、米国の対日金融収奪戦略の「三位一体」の意志によって推進された。
 日本と米国との間で郵政民営化法案の詳細を詰めるために18回もの会議が重ねられた。5回は日本の官僚の会議に米国の保険会社幹部が同席してのものだったという。関氏によれば、米国の保険会社は★とりわけ日本の簡易保険に強い関心を示した。
 竹中平蔵氏の経済相兼金融相から経財相兼郵政民営化担当相への横滑り人事は2004年9月の内関改造で実行された。竹中氏の推進した経済政策は日本経済を金融恐慌の瀬戸際へ追い詰めた。小泉政権は最終的に公的資金による大銀行救済という★「禁じ手」を用いて危機を脱した。米国金融資本は一連の経過のなかで巨大な利益を確保したが、日本政府と米国金融資本が連携した可能性が高い。米国金融資本は標的を郵政民営化に移した。米国の意向を受けて竹中氏の人事が実行されたと思われる。
 民主党の櫻井充議員は2005年8月2日の参議院郵政民営化特別委員会で指摘した。竹中氏が2004年9月の内閣改造で経財相兼郵政民営化担当相に就任したことについて、10月4日付で★米国通商代表ゼーリック氏が竹中氏に祝いの信書を送った。
 ゼーリック氏は竹中氏に「以下の点て丁重に貴殿を後押しいたします」と記した。具体的には「2007年の民営化開始時から、郵便保険と郵便貯金業務に対する保険業法、銀行法の下での同様の規制、義務、監督、完全な競争、競争条件の平等が実現するまで新商品、商品見直しは郵便保険、郵便貯金に認めてはならず、平等が実現された場合にはバランスある形で商品が導入されること。新しい郵便保険と郵便貯金は相互補助により利益を得てはならないこと。民営化過程においていかなる新たな特典も郵便局に対して与えてはならないこと。民営化の過程は常に透明で、関係団体に自分たちの意見を表明する意義ある機会を与え、決定要素となることとする。」と記された。★米国の指示が臆面もなく示されている。
 横井充議員は、政府の郵政民営化準備室が米国政府関係者並びに保険業界幹部と合計18回の会合を重ねたことを指摘した。ゼーリック氏の信書には、「今日まで私たちの政府がこの問題について行った対話を高く評価するものですし、貴殿が郵政民営化での野心的で市場志向的な目標を実現しようとしていることに密接な協力を続けていくことを楽しみにしております。貴殿がこの新たな挑戦に取り掛かるときに私が助けになるのであれば、送慮なくおっしゃってください。」と記された。郵政民営化法案が★米国の強い意向を反映して策定されたことが分かる。

 郵政民営化法案が米国の意向を反映して策定されたのは間違いない。特定郵便局ネットワークは存続が義務化されなかった。民営化後に不要な部分が削ぎ落とされ、うまみのある部分だけを接収すれば巨大な利益を得ることができる。350兆円の巨大な資金も標的だ。
 国民は「郵政民営化」の裏事情を知らずに「郵政民営化賛成=改革勢力」、「反対=抵抗勢力」という「デマゴギー」を鵜呑みにした。
日本人は嘘話という意味でデマという言葉を使うが、これはデモクラシーのデモと同じで「民衆」という意味を持つ。西部邁氏は「ギリシャ・ローマの時代から、デモクラシー=民主主義政治にはデマゴギーが付きまとうというのは常識だった。民衆が前面に出て暴れまくる時代というのは、大なる可能性でデマゴーグが出る。民衆扇動家という意味だが、扇動するためには嘘をつくことが多いから、デマ=嘘ということになった」(「座談会・日本の指導者像」『表現者』、2006年11月号イプシロン出版企画)と指摘する。
西部氏は「ギリシャ・ローマの昔から、デモクラシーはデマゴギーに振り回されるという根強い傾向があった」とも述べる。
 郵政民営化に反対する議員を「抵抗勢力」と名付け、党から追放して刺客を放つ。亀井静香氏も「競技場で人とライオンを闘わせて、ライオンが人を食いちぎって殺すのを、ローマ市民が歓喜の声を上げて見ていた。今の日本の状況とよく似ている。」(前出座談会)と述べる。小泉政権の下で、ひたすら大衆の欲望と熱狂に訴える政治が繰り広げられた。
 小泉政権の政策の底に「米国の利益」という水流が流れた。小泉政権は日本国民の幸福を犠牲にして米国の利益増大を追求したと判断できる。日本の為政者は日本国民の幸福を追求するべきだ。同時に政治は弱き者のために存在することを忘れてならない。




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 25) 外国資本への利益供与

  かつてジャパン・アズ・ナンバーワン』(エズラ・ヴォーゲル氏)と言われだ日本だが、バブルが崩壊した、90年代以降、日本の重要性が低下の一途を辿った。日本の金融力が増大し、日本が米国資産を買い占めた80年代後半は「ジャパン・バッシング=日本叩き」が喧伝されだ。
 90年代に日本の力が衰えると、クリントン大統領は訪中の際に日本に立ち寄らず、「ジャパン・パッシング=日本素通り」と表現された。さらに日本への関心喪失「ジャパン・ナッシング」と言われるまでになった。

 こうしたなかで米国が熱いまなざしを注ぎ続けた分野がある。日本の金融市場だ。1996年時点で★日本の個人金融資産は、1200兆円存在した。その55%、700兆円、が預貯金で滞留していた。米国個人金融資産に占める預貯金の比率は20%だった。米国は日本の金融市場を「宝の山」と見抜いた。
  米国の対日金融市場攻略は75年の日本の外為法改正を伏線として1983年に始動した。83年10月に来日したレーガン大統領は日本の金融市場自由化を求め「日米円ドル委員会」が設置された。84年以降、日本市場の自由化が急速に進展した。米国が本格攻勢に転じだのは96年だ。橋本首相は11月に「日本版金融ビッグバン」の構想を発表した。キャッチ・コピー「フリー・フェアー・グローバル」は米国証券会社幹部から首相秘書官に渡されたメモにあった。
 米国は1997年の橋本政権の大増税政に強く反対した。私は1996年10月にニューヨーク、ワシントンを訪問して確認した。ブラインダー・プリンストン大教授(96年1月までFRB副議長)とも面談した。だが、米国政府は97年3月5日に日本の政府予算案が衆議院で可決されるまで、すべての対日政策批判を封印した。私は2月20日に衆議院予算委員会公聴会で大増税政策に反対する意見を表明した。
 日経平均株価は96年12月19日に2万円を割った。橋本政権の経済政策が「セル・ジャパン=日本売り」を招いたと攻撃された。橋本政権を救済したのは米国だった。1月30日、グリーンスパンFRB議長が、「日本は悲観的になり過ぎている」とのコメントを発表した。コメントで株価が反発し、橋本政権は教われた。米国は「日本版ビッグバン」を推進する橋本政権の崩壊を回避したかったのだ。
 90年代末から2000年代前半にかけて、米国は収穫期を迎えた。米国の日本底値買い戦略に全面協力したのが小泉政権だ。二枚目のグラフを示す。1990年の株価を100とすると2003年4月の日本の株価は19、米国の現在の株価は500だ。10~13年の期間に日米の株価は1対1から1対20に変化した。この状態で日本市場を全面開放した。
 資本力を増大させた米国金融資本が日本進出を本格化した。日本企業は資本力が枯渇し瀕死の状況に陥った。この状況下で小泉政権は海外諸国に「対日直接投資倍増計画」を約束した。日本政策投資銀行が外資系ファンドに資金支援までして外国資本の「日本買い取り」を促進した。
 
 日本市場の自由化、開放政策は方向として間違ってはいない。しかし、★★日本の国益を考慮すれば、日本経済の再建を優先し、日本企業の財務上の体力が回復した段階で市場開放するのが正しい。小泉政権は日本経済の悪化を誘導し資産価格を暴落させたうえで、外資系ファンドの日本侵略を全面支援した。明治政府は政商に官業を払い下げて財閥を生み出した。小泉政権は外国資本に優良な日本企業と不動産を破格の安値で提供した。「国を売る」政策姿勢だった。
外国資本が安心して「日本の底値買い」に踏み切れた鍵が「1・3・5の秘密」に隠されていた。金融恐慌が発生しては大損失が生じる。「1・3・5の秘密」を掴み、2003年5月以降の資産価格上昇のシナリオを念頭に入れて底値買いを進めたのだと思う。★★「1・3・5の秘密」は米国資本が「つかんだ」情報ではなく、日本政府に「持ち込んだ」情報だった可能性が高い。
 
 「1・3・5の秘密」も「フリー・フェアー・グローバル」同様に米国の智恵だったと考えられる。日本の優良実物資産の所有権が大規模に、かつ破格の条件で外国資本の手に渡った。全国のリゾート施設、ゴルフ場の大半が外国資本の所有物になった。リップルウッド、ローン・スター、コロニー・キャピタル、カーライル、サーベラス、KKR、モルガン・スタンレー、ゴールドマン・サックス等の外資系金融資本が日本の優良実物資産を破格の値段で取得した。象徴的なケース、が旧日本長期信用銀行の買収、再上場だった。
 日本長期信用銀行は1998年10月に破綻した。政府は98年3月末時点の長銀の自己資本比率を10%超と認定し健全銀行として取扱った。その長銀が破綻した。最終的に8兆円もの公的資金が投入された。
 旧長銀の売却は見かけ上は「競争入札」によった。複数の購入希望者が名乗りをあげた。その中に「リップルウッド」という米国の投資ファンドがあった。
 私は1993年から96年にかけて米国スタンフオード大学フーバー研究所で客員フェローを務め、帰国後、2003年まで野村総合研究所の主席エコノミストを務めた。米国には3か月に1度、ニューヨーク、ワシントンを訪問した。政府要人、金融専門家、エコノミストと情報交換するためだった。
 米国の首都ワシントンD.C.には経済政策に関する政策当局の極秘情報を扱うコンサルティング企業がいくつか存在する。FRB元最高幹部などが企業を設立していた。取り扱う「コンフィデンシヤル情報」の対価は驚異的に高額だ。月に2、3度送られるA4用紙2、3枚のメモだけで年間情報料金が2000万円だったりする。契約にはカテゴリーがあり、最上位の契約では顧客の要請に基づいて調査が行われるが年間費用が数億円になることもある。政府要人との面談設営なども業務に含まれる。広い意味でロビイストの活動と言える。
 大手金融機関の金融取引は数千億円から兆円単位で行われる。損益も千億円単位で変動する。機関投資家はワシントンやニューヨークの「コンフィデンシャル情報」を必死に入手しようとする。情報会社の格好の顧客になる。
 私もコンサルティング企業との関わりが深かった。旧長銀が入札に掛けられた1999年夏、ワシントンでこの問題を調査した。旧長銀の落札先が「リップルウッド・ホールディングス」という米国投資ファンドに内定したことが判明した。
 
 帰国して旧長銀の売却先決定を注視した。9月28日、金融庁は旧長銀の譲渡先をリップルウッド・ホールディングスにすると発表した。官製談合の摘発が絶えないが、長銀のリップルヘの売却決定には不透明な部分が多い。価格銀争入札は借入希望者が提示する落札希望価格のなかで最も高い価格を提示した業者に売却する仕銀みだ。リップルウッドが提示した条件が日本政府にとって最も有利でなければならない。だが、事実は異なる。

 リップルウッドの旧長銀購入条件が日本政府にとって★最も有利なものではなかったことが発覚した。旧長銀の処理に政府は8兆円もの公的資金を注ぎ込んだ。旧長銀を政府はリップルウッドにわずか10億円で売却した。(八千倍)リップルウッドは1200億円の自己資金を投入し、旧長銀を「新生銀行」に名称変更して2004年2月19曰に再上場させた。再上場時の株価初値は872円で時価総額は1兆1235億円になった。★★1200億円の元手がわずか3年11か月で1兆1235億円になった。濡れ手に粟だ。
 リップルウッドの旧長銀購入に「特殊な条件」が付いていた。また、政府はかなり強引に新生銀行の上場を容認した。「特殊な条件」とは★★★「瑕疵担保条項」のことだ。木村剛氏は2000年5月の著書『通貨が堕落するとき』(講談社)に「瑕疵担保条項」について詳述した。「そごう危機」が表面化して旧長銀売却に伴う「瑕疵担保条項」が明るみに出たのは2000年6月だ。木村氏は早くから瑕疵担保条項の問題点を指摘した。
 ★条項は新生銀行が引き継いだ資産が貸出先企業の倒産・不振などで目減りし、3年以内に2割以上の損失が生じた場合、国(預金保険機構)がその債権を簿価で買い戻すことを約束したものだった。この条伴が付されれば、銀行は状況の悪い融資先を意図して破綻に追い込むことになる。融資先の状況が悪化して融資債権の時価評価が2割以上下落すれば、曰本政府が債権を簿価で買い取ってくれる。★★「そごう危機」の表面化によって付帯条項が明るみに出た。「そごう」に債権をもつ金融機関が新生銀行に資金負担を求めた際、新生銀行が「瑕疵担保条項」を根拠に追加資金負担を拒絶したからだ。
 新生銀行が追加資金負担を拒否したのは当然だ。「瑕疵担保条項」を保持しているから、「そごう」が破綻しても新生銀行は損失を蒙らない。逆に破綻すれば資金を確実に回収できるから破綻を希望する。そごう、が破綻すれば曰本政府が損失を補填してくれる。問題は旧長恨の売却先が適正に決定されたかだ。買収希望業者がいかなる条件を提示したか。国会で論議はあったが情報が十分開示されていない。
 リップルウッドが提示した瑕疵担保条項付きの買収条件は曰本政府にとって「最も有利な条件」でなかった。長銀買収に名乗りをあげたのは、リップルウッド、JPモルガン・オリックス、中央・三井信託銀行、パリバ銀行の4グループだった。最終的にリップルウッドと中央・三井信託銀行に絞られ、中央・三井信託は公的資金による5000億円の支援を求めたという。金融再生委員会が難色を示し、リップルウッドが公的資金負担額3000-5000債円を提示した結果、落札を手中にしたという。だが、リップルウッドの条件には「瑕疵担保条項」が付されていた。これを含めるとリップルウッドヘの落札は適正でなかった可能性が高い。

 リップルウッドには米国の政界大物が深く関与した。クリントン政権の財務長官だった★ロバート・ルービン氏もリップルウッドの社外取締役に名を連ねた。ルービン氏は米国のゴールドマン・サックス証券の会長を務めたことがある。政府は旧長銀売却に際してゴールドマン・サックスをアドバイザーに選定し6債円もの対価をゴールドマンに支払った。ゴールドマンは政府に「瑕疵担保条項」のリスクを忠告する義務があったはずだが、実行しなかった。

 新生銀行は2004年2月19日に東京証券取引所に上場した。上場申請から審査、承認までの手続きは★異例の早さで実行された。しかし、旧長銀がリップルウッドに売却された経緯が不透明で、国の債務負担行為としての適正性を欠いていること、および新生銀行が抱えている訴訟案件についての投資家への説明が不十分であることから、上場容認に異論が噴出した。
 2004年2月17日の衆議院予算委員会で、民主党の中津川博郷(ひろさと)議員が質問した。瑕疵担保条項適用の実態も追及した。新生銀行は瑕疵担保条項を最大限に活用するために激しい「貸しはがし」を実行した。7兆7000債円の貸出債権が3年間で半減したという。321の企業が追い込まれ、債権額で1兆1,702債円が預金保険機構に持ち込まれ、機構は8530債円を支払った。日本政府の負担は激増した。この負担が旧長銀落札時点で検討されねばならなかった。
 しかし、★論議が十分に尽くされぬまま政府は「新生銀行」の上場を容認した。★政府責任者は竹中金融相だった。
 米国は90年代後半から2000年代前半にかけて日本収奪を加速させた。日本の生保、担保が次々に外資系企業に変身し、米国資本は大銀行、大手証券を次々に手中に収めた。
 1998年12月に破綻した日本債券信用銀行は「あおぞら銀行」に改称したのち、2003年9月に米国資本サーベラスに渡った。東京の地域銀行だった東京相和銀行は米国系投資ファンド「ローンスター」に渡った。小泉政権が日本の優良経済資源を破格の安値で米国に売り渡すことに全面協力したのは紛れもない事実だ。

26) 露見した郵政米営化の実態 へ続く。






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