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● 新也トーク
 ★新也トーク より。
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 2008/06/18(Wed)
 加藤智大や酒鬼薔薇聖斗にならずひっそりと死んでいった無数の青年 

  
 今回のアキハバラ事件の加藤智大は私が八十年代に描いた★「乳の海」の主人公である透君にそっくりだという説がある。確かに加藤智大と母親の関係をつぶさに検証すると、あれから20年の歳月を経て、乳の海の主人公が完璧とも言える姿で我々の前に現れたとの感が否めない。

 その後の加藤智大の書き込みによれば、彼の母親は智大が着る服まで管理していたという。
 『乳の海』には★透青年が母親同伴でブティックに行ってコートを買う際に、スクランブルジャンパー(*米兵用の)を選ぼうとして母親から止められ、むりやりにベージュ色のお行儀の良いコートを選ばされ、ついにキレた透青年は、そのコートを地面に叩きつけるシーンがある。
 母親から脱出した透青年はその後社会(*筑波大学)に出るのだが、ここでも現代社会という母性管理的な環境の中で徐々に骨抜きにされて行き、最後は透明な僕になって行く。

 ご承知のように<透明な僕>とは神戸の酒鬼薔薇聖斗の吐いた言葉だが、その事件の起こる十年前に乳の海ですでに透明な僕は登場しているわけだ。

 透青年そっくりの加藤智大が酒鬼薔薇聖斗と同じ歳とすればここに見事なトライアングルが完成するわけだ。だが透青年は透明な僕になって消えるが、加藤智大と酒鬼薔薇聖斗は爆発する。この消えることと爆発することは紙一重であり、この社会の抑圧構造の中で透青年のように消えた青年は加藤智大の何百倍いや何千倍も存在すると見るべきだろう。

 その消えるとは自殺のことである。
 いわゆるネットの仮にそれを「出会い系自殺」と呼ぶなら、ネットつながりの練炭による他人同士の心中や薬物による心中である。孤独と社会的抑圧の中で加藤のように爆発せずひっそりと死んで行った青年は無数におり、そのことを思うと暗澹たるものがある。

 ところで私のところにきた投稿メールの告発で知ったのだが、読売新聞の編集委員が書いたと思われる6月10日付けの「編集手帳」のこの事件に関する記事の中に「世の中が嫌になったのならば自分ひとりが世を去ればいいものを」という見過ごすことの出来ない論調があった。
 この論理は他者の存在というものが念頭にないネットに氾濫する「てめえ一人で死ね!」というゴロツキ論調とまったく同じ論理であり、そのような論調が日本で最大部数を誇る新聞の編集委員によって書かれているということに驚きを禁じえない。

 それが単独であればもう記事にもならぬほど読売の筆者がのぞむ「ひっそりと死ねばいい」青年たちは加藤智大のように暴発することなく、日常茶飯事に私たちのかたわらで人知れず死んでいるのである。

 ★ 『乳の海』 1986年4月 情報センター出版局

  その中の「青年とチワワ」の透青年のことだが、「ママ」は彼を「透ちゃん」と言言い続ける。

  初章の「機械じかけの聖母―プロローグ」も印象的だった。

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 「読書日記」【2008/06/13 11:40】 | ワーキングプア | TRACKBACK(0) | COMMENT(0)
  1.『柳美里不幸全記録』より。 

 
 ************* 

 2003年4月11日 金曜 くもり

 今日から毎日幼稚園。朝7時に起床して、いつもより早く朝ごはんを食べさせる。

 ・・・略・・・

 (園の中では、「男の子はほぼ全員教室のなかで泣いていて、女の子はほぼ全員砂場遊びをして いました。 去年読んだ『男の子って、どうしてこうなの?』に<男の子は女の子よりも早く丈夫に育つが、母親から引き離されると、女の子よりも苦し>み、男の子は精神的に女の子より6ヶ月から12ヶ月ぐらい発育が遅れ、同じ歳の女の子達といっしょに学ぶと、<女の子より劣っていると感じ、早々と学ぶことをあきらめてしまう>ので、<5歳頃から幼稚園に行くべきなのはあきらか>で、<長く(場合によっては1年ほど長く)幼稚園にとどまっているべきだろう>と書いてあったことを思い出した。

 一方で、一昨年の読売新聞で、バルセロナ五輪の平泳ぎ200Mのゴールドメダリスト岩崎恭子さん(24)の「児童水泳選手における両親の養育態度」という日大文理学部の卒業論文が紹介されていて
  
 父親ー娘、母親ー娘、父親ー息子よりも、母親ー息子の過保護が目立つと書いてあったことを思い出した。

 柵越しに並んでいるのは(わたしを含めて)男の子の母親が多かった。    ・・・略・・・

  


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●新也トーク
 ●新也トーク  *左のリンク先「藤原新也ホームページ」より。
 「競馬放浪日録」と二重投稿(紹介)です。
 

 
 2008/06/14(Sat)

 若者の労働力を搾取するマクドナルドに若者が金を落とす図の滑稽を若者は自覚してほしい
 映画その他が昼夜を問わず進行しているので、アキハバラのその後の状況を把握していないが、今帰宅してみると夕刊に「日雇い派遣禁止へ」という小見出しが三面に載っている。

 枡添厚生労働相の「気持ちから言えばやめる方向で行くべきだと思っている」という談話からこのような見出しに発展したものだと思えるが、どうものどかな感じが否めない。
 派遣法を禁じた場合、ただでも職のないフリーターに失業の危機が訪れるのは目に見えており、禁じるからにはそれをフォローする政策を新たに打ち出さねば「政策」とは呼べない。
 それに彼はそもそも派遣社員制度が八十年代からはじまったアメリカによる規制緩和への圧力に押し切られる形で成立したということを知っているのだろうか。
 それを知っているとすればあまりのどかな発言は出来ないはずだ。今度はアメリカを敵に回すことになるからである。
 この日本の若者を資源とみなすアメリカ資本の象徴はマクドナルドのような企業であり「名ばかり店長」という巧妙な搾取形態が全国の店舗でなされていることがそれをよく表している。こういった若者を搾取する外食産業が若者の購買で成り立っていることはおそろしく皮肉な図である。

 調べて見るとアメリカ資本を中心とした日本への企業進出はすでに上場企業の3割を占めるという。この数字は恐るべきものだ。彼らは日本の若者を1「資源」と見なし、いかに資源としての労働を安価に確保すべきかという雇用政策を立て、それを日本に押し付けたわけだ。この雇用政策は日本の企業にとっても都合のよいもので日米の企業が手に手をとって若者の労働力を搾取しはじめることとなった。
 そして2004年、アメリカ子飼いの小泉政権のもと製造業への派遣がいよいよ解禁され、派遣業の黄金時代が始まったわけだ。私はそのころ新宿副都心の高層ビルの42階にある用事で行ったことがあるが、赤絨毯にゴージャスな飾りつけの企業がそこにあって、これどこの企業と聞くと「人材派遣業」という答えが返って来て大変驚いたことがある。
 ピンはね業と言えばかっても私たちの青年のころにもあったが、せいぜい土方の親分がピンはねするくらいのもので、彼らもまたちょっとましな程度のアパート暮らしに過ぎなかった。それが御殿のようなフロアーを誇るピンはね業とはこの時代をよく表している。

 以上のように製造業派遣法や後期高齢者医療保険制度や身障者の労働賃金カットをはじめとするさまざまな弱者切捨ての悪法は小泉政権下で成立したものであり、福田政権はそのわりを食っているに過ぎない。その福田政権の疲弊を見て、またぞろ小泉待望論が出てくるのは本末転倒であり、小泉元首相も鬼の首を取ったようにはしゃいでいる図はまるでコミックを見ているようである。

 ****************

 参考までに。 http://blogs.yahoo.co.jp/sckfy738/23668182.html
 
 



新也トークからお知らせ。
 2007/11/16(Fri)
 番組告知
 ETV特集 「ケータイ小説・藤原新也・次代へのまなざし」

 ★11月18日(日) 22:00~23:00
  NHK教育 ◇ETV特集◇


 出版不況の続く中、注目を集めている「ケータイ小説」。携帯電話の書き込み機能を使って発表される小説である。作者も読者も大半が10代、20代の女性。毎日更新される作品には、多いときで一日に数十万の読者がつく。本にして出版されると軒並み数十万部売れ、中には100万部を超えるベストセラーも生まれるほか、映画化された作品もある。今なぜ、若者たちにケータイ小説が求められるのか。写真家で作家の藤原新也氏が書き手、読み手、を追いながら、現代の若者の心象風景に迫る。

                           NHKコメント







新也トーク 11.6
 2007/11/06(Tue)
 ★このポカは習性という他はないな
 ●小沢がシナリオを描いていたというのはとんだ過大評価だった。
  そこまで権謀術数に長けた男ではなかったということだろう。

 小沢が土壇場でポカをやることは金丸信の東京佐川急便の闇献金問題のおり、その参謀として、世論を読みきれなかったばかりか、上申書を出すまで弁護士も立てていない、そして時効のかかっていた時期すら見誤る、という初歩的なミスをおかして、金丸を塀の中に落としてしまった、というあの”事件”に象徴的に現れているわけだが、人間というものは学習をするわけであり、あれから15年、当時50歳の壮年が65歳の老獪であるべき年齢に達したわけだ。
 少しは進歩しているかと思っていたが、また大ポカをやらかした。こういうのは宿命というのか、一種の身についた性格、素性のようなものかも知れない。
 人間、素性を修正するということはなかなか難しいということだろう。

 小沢一郎という人はあのごつい顔のせいでコワモテ、豪腕、という言い方がされるが、もとを質せばいまは花盛りの小泉、安部、福田、麻生、と同じ世襲議員、二世議員のひとりである。写真家の私の目から見るなら二世議員の特徴と言えば”顔をつくる”ということだ。

 ときおり小沢はぐっとコワモテ風に顔を作る。
 小泉は作りすぎるほど作ったし、安部に至ってはカメラ目線などと、まるでタレントのように衆を意識したパフォーマンスをやらかして評価を下げた。福田は一見ポーカーフェイスだがやはり、一瞬コワモテ風に顔を作ってしまう。

 こういった顔で小技をきかしてすぐ表情が読めてしまうスケールの小ささというのは二世議員の特徴で、吉田茂、池田隼人、大平正芳、田中角栄といったかつての大物政治家にはなかったことだ。
 田中角栄がカメラ目線などといってカメラを見つめながらコメントする図というのは考えられないことであるし、大平に至ってはぬーぼーとした牛が寝そべっているようで、一体何を考えているのかすらわからなかった。
 そういう意味では保守革新ともボクちゃん止めますと、すぐ職務を放り出してしまう軟弱なリーダーをいただかなくてはならない平成の民は不幸と言えば不幸である。

   



<顛末>
 ●新也トーク 顛末は、以下の通りでした。
 

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 2007/11/01(Thu)

 ★一連の誤解の終結
 削除のまま待機となっている中田英寿に関するトークの件だが、中田英寿のマネージメントをやられているTさん、それに今回の中田との対談をセットした編集者と私の3者で話をすり合わせたところ、ほぼ誤解がとけた。

 編集者が中田との中東での対談のセットへ動いていたことは確かなようで、まず私に打診し、次に中田側に打診をするつもりだったらしい。
 ただしここで編集者の勇み足というか、誤解をまねくような言動があった。

 日本にいる中田と会い、対談の話をすると彼は中東に行くのでそこに来てほしい。と言ったと私に電話してきたのである。
 とうぜんその時点で中田もしくは中田側に私の名前が出ていると思うのが自然だ。ところがその時点で編集者は私の名前を出していなかったらしい。

 私は削除したトークにも書いたように、たかが対談で中東まで人を呼ぶというのは礼を失していることなので、というより多少あきれてもいたので返事もしなかった。
 そのうちに時間切れ近くになって編集者の方から電話があり、今回は難しいようなのでまたの機会にということになったのである。

 その一連の過程の中で中田側は最後まで私の名前を聞いていないというのは2者の話をすり合わせたところ確かということがわかった。

 これはあきらかに中田側に落ち度があったのではなく、編集者のセッティングのやりかたに問題があったということだ。Tさんと話したところ中田という人間は誤解をまねくようなところがあるが、そのような失礼を働くような人間ではないので理解してほしいということであった。
 その意味で数時間とは言え、彼の言動を批判するトークをここでアップしたことは彼には申し訳ないと思っている。
 本来なら一連の種を蒔いた編集者が頭を下げねばならないところだが、私が変わってここに謝罪したい。

 また前回の「待機」と今回のトークは、長くトークのラインナップに掲げておく必要のないものと判断するから、削除トークをすでに読んだ人がこのトークを読むであろうと思われる期間のみ据え置いて、その後は削除することにする。
   

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